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平成15年10月15日(水)、東京・経団連ホールにおいてオックスフォード大学名誉教授 Sir Richard Doll他をお招きして開催した、低線量放射線影響に関する国際シンポジウムでの総合討論(座長:愛知県がんセンター名誉総長富永祐民氏)において活発な議論が交わされました。 |
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【疫学の限界について】 |
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(会場A) 放射線とがんとの関係は放射線を多量に受けた時には確かにあることが証明されているが、放射線とがん以外の疾患とのあいだに関連性があるかという点と、低線量領域にまで拡大する関係があるかという点において不明である。疫学に期待しても、こうした重大な不明点について答えを得ることはできないと考えるか? (Doll氏) 疫学がやれることに限界があるとすれば、細胞実験や動物実験から得た理論的知識によってそれを打ち破る必要があると思うが、まだその段階にまで至っていない。 |
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【がん以外の低線量放射線健康影響について】 |
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(会場B) 低線量放射線の健康影響ということに関して、がんにだけ特化するということではなく、一般的な健康影響ということで、もっと広く研究する方向性というのもあっていいのではないか? (富永氏) 低線量放射線による健康への影響には、虚血性心疾患や死に至らない病気もいろいろあるが、これについては特別にもう一度詳しい調査が必要となる。がんの場合は、死亡例だけでなく世界的にがん登録制度があるが、虚血性心疾患などはごく一部モデル的にしか疾患登録がなくデータの把握が難しいため、がんあるいは全死亡の研究を中心に行われているのだと思う。 |
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【線量率について】 |
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(会場C) Doll先生は線量率についてはどのような考えを持っておられるのか? (Doll氏) 1回限りの被ばくの場合と同じ被ばくを6カ月にわたり分散した場合では、線量率に著しい差異があると思う。しかし、1週間にわたり線量を分散すると低レベルになることを証明するデータなどを目にしたことはない。どなたか、この問いに回答できる方はいらっしゃらないか? (会場D) 線量率を減らすと、生体が修復に使える時間が長くなるので、慢性的被ばくでは、影響の総合的確率が小さくなる。これは、管理状態下での動物実験において証明されている。 (会場C) 50年前の放射線科医は、年間1Gy位受けたと聞いているが、1年間に300時間仕事をしたとして、1Gyを300時間で割った程度の線量率と考えてよろしいか? (Doll氏) 放射線科医は1日のうちに定期的に数分間しか被ばくしないので、年間にわたり分散するのは極めて不適当だと思う。彼等の年間の合計被ばく線量は高くはなかったが、実際の被ばく線量率は非常に高かった可能性がある。 (富永氏) 少量の曝露というのは、放射線に限らず、喫煙、化学物質など、影響を見出すのは本当に難しい。特に疫学的研究では、多数の症例を対象にして、ありとあらゆるファクタを全部考慮しないと、少量の曝露と疾患との関係がわからない。 |
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【低線量放射線は健康によい影響があると期待できるのか】 |
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(会場E) 高レベルならば有毒であるが、微量レベルならば無害または有益でさえあることが証明されている多くの物質がある一方、鉛、水銀、カドミウムなど低レベルでも有益とは思われない物質も多く存在する点を指摘しておきたい。放射線は、DNA損傷やDNA誤修復を引き起こす可能性が非常に高いと思われ、後者の部類であると考える。十分に低レベルの放射線であれば健康の為によいのではと期待される方が出席者の中にまだいらっしゃるのだろうか? (会場F) 我々の身体の中では、放射線被ばくを伴わないDNA二重鎖切断が自然発生しているが、生体はその損傷に対して進化の中で獲得した修復システムによって対処している。この変動の範囲内では、低線量は無害である可能性があり、この低線量をリスクに関連付けることはできない。Doll氏とMatanoski氏が指摘されたように、現存データをまとめて、リスク研究を推し進める必要があり、その後に初めて合理的な結論を下すことができる。 |
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【総合討論のまとめ】 |
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低線量の問題はいろいろな議論が今まで行われており、3名の先生方に本日もその一面を十分にお知らせいただいた。低線量放射線の健康影響を疫学的に証明するには、まだまだ大勢の集団と長期の観察期間を必要とするが、学問的に厳密な答えは別として、低線量放射線というものを理解する上で十分なデータが蓄積されてきていると言えるだろう。 |