社会経済研究所

社会経済研究所 コラム

2016年12月7日

「トランプ・ショック」後を考える

社会経済研究所長  長野 浩司

 コラム『「トランプ大統領」のエネルギー政策と日本への影響』(注1) を起草したときは、私自身も正直に言って今回の結末は全く予想していませんでした。開票当日は、クリントン候補が勝利するとみていた激戦州で次々にトランプ候補に凱歌が上がっていく「ドミノ倒し」の状況を茫然と見詰めていた次第です。

さりとて、想定外の事態を前に思考停止しているわけにも参りません。上記の続報としても、現時点で言えそうなことを雑感として述べてみたいと思います。

 とは言え、大統領選勝利から、あるいは遡って上記コラム執筆以降、本稿執筆時点の12/1までの間に、トランプ氏自らの発言や陣営から公式に伝えられた追加情報として、日本として今後を占う上で参考となるものは、あまり多くありません。以下に述べることは、主としてメディア報道に基づく個人的見解であり、あえて言えば憶測の域を出ていないものであることを、予めお断りしておきます。

なお、同様の読み解きを、当所の上野貴弘主任研究員が、彼自身が専門とする温暖化政策に絞ってより深く論じた報文(注2)を公表していますので、こちらもご参照戴ければ幸いです。

○「トランプ大統領」は独裁者たり得ない

 パリ協定からの離脱をはじめとして、トランプ氏はオバマ政権の決定や施策の多くを廃止すると、繰り返し公言しています。

しかし、上記報文で上野主任研も指摘していますが、構想中ないし検討中の施策であれば単に検討を中止すれば済むものの、すでに行政規則として制定され、あるいは国際条約として締結されたものに関しては、その行政手続きを改定するプロセスを踏むか、あるいは既存法を上書きする新規立法を実現する必要があります。

米国議会選の結果、上・下両院で共和党が過半数を得たことで、いわゆる「ねじれ」状態からは脱したものの、新規立法を確実にする絶対多数を得たわけではありません。 パリ協定の脱退など行政権限で定めたものについても、実際には制度的なハードルが相当に高いことになります。トランプ氏が仮に望んだとしても、彼の思う通りに全てが実現することはない、独裁者にはなりようがないのです。この意味でも、トランプ氏の個々の主張に過度に一喜一憂することは禁物です。

 ただし、これも上野主任研が強調していることですが、三権の一つである司法の動向は、注視する必要がありそうです。連邦最高裁判事9名のうち、現在欠員の1名をトランプ新大統領が指名することになり、恐らく保守系の人選がなされるはずで、その結果司法判断はより保守性を強めることが必定です。

さらにもう1名の欠員が出て、その指名があれば保守的な考えを持つ判事が半数以上となります。しかも、連邦最高裁判事は終身制ですので、この司法判断のシフトは大統領の任期をはるかに越えて長く後を引きます。このことが、米国の諸施策に徐々に影響を及ぼして行くことになるでしょう。(注3

○「隠れトランプ支持層」はいつまでトランプ大統領にチャンスを与えるか

 トランプ候補に投票した有権者はどのような人々だったのか、はっきりした結論が得られているわけではありません。

日本のメディアなどが例示した像は、製造業に従事する(あるいは従事していた)低所得白人男性、いわゆるプア・ホワイトが、従事する(していた)産業及びそれが立地する地元の再生と、自らの生活水準の向上(これは同時に貧富の格差の縮小をも意味します)の実現を強く願うからこそ、多くの失言や行動など倫理面で深刻な問題あることは承知しつつもそれに目を瞑り、トランプ候補に投票した(注4)、というものでした。

 既成の政党政治、あるいはエスタブリッシュメントの支配に反感を持ち、社会を大きく変えてほしいと願う、という点では、オバマ大統領が共和党・マケイン候補を破って初当選した2008年大統領選(注5)と共通するものさえ感じます。ただ、当時オバマ候補に投票した層は、「変化」を望みはしたものの、さほど具体の方向や施策イメージは持っておらず、漠然とした希望を基にオバマ候補に将来を託したのではなかったでしょうか。

対して今回トランプ氏に投じた層は、政治家としての実績や経験の無さを承知の上で、実業家としての経験を元に、従来の政治家が為し得なかった成果を短期間に生み出すことを、しかもそれが自らの生活水準の向上として実感できる具体的な結果をもたらすことを、強く望んでいるのではないか、という仮説を立ててみましょう。

 もしそうだとすると、それら投票者は、手元に期待した果実がトランプ新大統領から届けられるのに、いつまで待ってくれるでしょう。既に強い不満を抱いているからこそ期待したのであって、2期8年、あるいは1期4年も待ってくれるとは思えないのです。そして、新政権が投票者の望んでいた結果を生むことは容易でない(注6)と想像しますが、もし投票者たちが「自分たちは裏切られた」と実感したとしたら、何が起こるでしょうか(注7)。

 トランプ政権発足後、それほど長い時間を待たず、トランプ大統領の真価や、ひょっとすると進退までもが問われる場面が、訪れるように思えてならないのです。一つ具体のポイントを挙げるとすれば、大統領が最初の2年間の「勤務評定」として臨むことになる、2018年の連邦議会中間選挙は、注目すべきものになるでしょう。

○朝令暮改に振り回されない

 既に政権移行チームが発足し、主要人事なども漏れ伝わっていますが、トランプ政権は選挙期間中の過激な主張(それは「公約」にもなっているわけですが)を次々に修正しつつある(注8)ようです。

 極端なことを言えば、「職業的政治家」とは異なり、トランプ氏には政治の舞台において失うものは何一つありません。万が一、致命的な失敗を犯し、大統領の座を奪われることになったとしても、既に巨万の富を築いており、元の実業家の地位に戻れば良いだけです。

職を失うことすら恐れないとすれば、どんな軌道修正も恐れることはない。この意味でも、私どもも米国新政権の一挙手一投足を(前述のとおり、過度に一喜一憂することなく)冷静に見守る必要があると自戒しています。

○2018年日米原子力協定改定に要注意

 日本として、もちろん直近では環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の行方などが重要な留意点となるでしょう。ただ、私としては、とくに電力・エネルギー分野としては、改めて2018年日米原子力協定の改定が重要な交渉ポイントになったことを挙げておきたいと思います。

 前回のコラム(注1)でも指摘しましたが、トランプ氏の得意技は大局をみた交渉です。日本との直接交渉において、日米原子力協定は多数の駒の一つですが、日本側にとっては今後の原子力利用の生殺与奪に関わるため、極めて重要です。トランプ政権側は、これを横目に見つつ、通商やそれこそ防衛など他の分野で日本側により大規模な譲歩を要求してくるのではないでしょうか。

 報道の一部には、トランプ政権は共和党政権であり、原子力に寛容な姿勢を採るのではないか(注9)という楽観的な見方もあるようですが、私は必ずしも同意できません。結果的には合意に至るとしても、綿密な準備と周到な対応を怠れば、米国側が望外の実利を挙げる結果になりかねない。

そして、既に述べたように、トランプ政権が全米有権者の評価を仰ぐ連邦議会中間選挙は、奇しくも2018年11月に控えているのです。対日本の交渉での成功と実利は、中間選挙に臨む上でトランプ政権として重要な得点になると考えるのではないでしょうか。

○日本は自らの政策を自らの哲学で主張すべき

 前回コラム(注1)で最後に述べたことを、いま一度強調したいと思います。日本にとって、米国はこれまでエネルギーなど主要政策を策定する上での、いわば「先生」でした。トランプ政権以後は、政策分野においても、ビジネスライクな意味での交渉相手になります。

 前回コラムの末尾を再掲します。

 ごく近い将来、日本は米国との協調や追随によるのでなく、自ら定める確固とした哲学や理想に基づく政策を立案し、世界各国に提示して行かなければならない状況に直面します。温暖化防止の長期目標を例に挙げるまでもなく、米国をはじめ諸外国がそうしているから、ではなく、何故日本が自国の排出削減目標を、あるいはエネルギー源のシェアをある比率とするのかを、全て自らの言葉で説明し切らなければならないのです。

 トランプ以後の米国だけでなく、トランプ以後の日本も、注目していかねばならないと思います。

  • 注1:https://criepi.denken.or.jp/jp/serc/column/column02.html
  • 注2:上野貴弘「トランプ新政権と温暖化対策」SERC Discussion Paper 16002, 2016.11.24.
  • 注3:在任中(2016/12/1時点)の米国連邦最高裁判事(指名順・在任期間順)は以下のとおり:Anthony M. Kennedy(80、中間)、Clarence Thomas(68、保守)、Ruth Bader Ginsburg(83、リベラル)、Stephen G. Breyer(78、リベラル)、John G. Roberts, Jr.(長官:61、保守)、Samuel Anthony Alito, Jr.(66、保守)、Sonia Sotomayor(62、リベラル)、Elena Kagan(56、リベラル)。保守派はいずれも共和党の大統領、リベラル派は民主党の大統領が指名しました。中間派のKennedy判事は1988年にレーガン大統領(当時、共和党)が指名しましたが、案件によって保守・リベラル双方の立場を取るため、判断の分かれる事案においてはKennedy判事の票が判決を左右してきました。2016年2月にAntonin Scalia判事(享年79、保守)が死去したため、現在1名欠員状態にあります。オバマ大統領は、後任の候補者としてMerrick Garland氏を指名しましたが、上院で共和党議員らの反対のため聴聞会の開催すらできず、同氏の任命は事実上不可能になっています。トランプ新大統領は保守派の候補を指名することが確実で、選任されれば、9名の構成は保守4:リベラル4:中間1となります。
  • 注4:他の例示としては、クリントン候補の「セレブ」性を強く忌避した女性、大学に在学するも経済的負担に耐えかねている学生(この層は、民主党予備選当時サンダース候補を強く支持したことでも印象深いです)などがありました。これらの描写がどの程度正鵠を射ており、またどのような割合で存在したのかについては、私もぜひ追跡調査をみてみたいと思います。
  • 注5:ご記憶のとおり、当時のオバマ候補のスローガンは”Change” “Yes We Can”でした。さらに言えば、このとき民主党指名競争で最後まで争ったのが、他ならぬヒラリー・クリントン氏でした。
  • 注6:あえて断言すれば、不可能だと思います。トランプ氏が選挙期間中に積み重ねた公約、たとえばTPP脱退などグローバル枠組みの否定、移民受け入れの拒否などは、米国経済の成長とは真っ向から矛盾するものです。さりとて、成長を優先した結果それら公約を全て軌道修正ないし撤回すれば、それはそれで投票者には裏切りに映るのではないでしょうか。
  • 注7:当コラム「英国のEU離脱国民投票に思うこと」にも書きましたが、このところの世界的な「庶民の不満のマグマ溜まり」現象が、依然として、というよりも日増しに気になっています。韓国の朴大統領を巡る一連の事件も、スキャンダルの内容よりも、市民のデモの行く末に注目したいと思っています。
  • 注8:温暖化やパリ協定に関しても、選挙期間中の「全否定」から、あらゆる可能性を検討する「オープンマインド」に態度を変えています。このあたりは、前述の上野主任研の報告を参照下さい。
  • 注9:一例として、電気新聞2016/11/11付1面の金子熊夫氏コメント『原子力に「暖かい風」期待』を挙げておきます(なお、同記事には上野主任研コメント『重要法案通過はハードル残る』も併せて掲載されています)。もちろんこのような楽観論にも一理あります。何より、原子力産業(とりわけ輸出)が米国にとっての成長産業と見るのであれば、その最大の担い手であるWestinghouse社が東芝の子会社であることから、米国にとっても日米の協力が必要です。ただし、この点についても、外資規制等の問題等を挙げて、トランプ政権側が日本に譲歩を迫る材料に使う可能性も無いとは言えないと思うのです。

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