電力経済研究 No.69

2023年2月

運輸脱炭素化に向けた取組の検討
―欧米の自治体の事例とゼロカーボンシティへの示唆―

Policy Recommendations on Achieving Transport Decarbonization by Local Governments:
A review of Local Efforts in the US and EU and Implications for Zero Carbon Cities in Japan

  • キーワード:
  • ゼロ・エミッション車
  • 規制的手法
  • 経済的手法
  • 情報的手法

要旨

我が国の運輸部門の脱炭素化に向けて、運輸部門のCO2排出量の8割以上を占める自動車部門における対策の実施は不可欠である。筆者は、国内自治体による地域の運輸脱炭素化に向けた検討に貢献することを目指し、欧米の10の自治体による39種類の運輸脱炭素化に向けた取組について内容や導入経緯を明らかにし、当所研究報告(SE21005)にまとめている。本稿では、同報告にて取りまとめた規制的手法・経済的手法・情報的手法などの先進事例について概要紹介する。今後、2050年ゼロカーボンシティを表明する国内自治体においては、中期目標を含む包括的な運輸脱炭素ロードマップの策定や、運輸脱炭素化に向けた条例の検討などが求められる。

1. はじめに

 わが国の運輸部門の脱炭素化に向けて、運輸部門のCO2排出量の8割以上を占める自動車部門における対策の実施は不可欠である。2021年1月、政府は2035年までに乗用車の新車販売で電動車100%を実現することを発表しており(首相官邸, 2021)、2021年10月には日本自動車工業会も2050年カーボンニュートラルへの挑戦を表明している(日本自動車工業会, 2021)。電動車には、バッテリー電気自動車(Battery Electric Vehicle: BEV)や燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle: FCV)に加えて、プラグイン・ハイブリッド電気自動車(Plug-in Hybrid Electric Vehicle: PHV)、ハイブリッド車(Hybrid Electric Vehicle: HV)が含まれる1)

 BEVやFCVといったゼロ・エミッション車(Zero Emission Vehicle: ZEV)の普及に向けて、欧米の国や州は様々な施策を講じている。例えば、地域内で一定台数以上を販売する自動車メーカーに対して販売する新車の一定割合をゼロ・エミッション走行が可能なBEVやFCVなどとすることを要求するZEV規制2)、輸送用燃料供給業者に対して燃料のライフサイクルでの温室効果ガス排出係数を段階的に低減するよう求める低炭素燃料基準(Low Carbon Fuel Standards)3)、自動車メーカーに対して温室効果ガス排出量や燃費の段階的改善を求める排出量規制などがある。

 加えて、これらのZEV普及策を講じる欧米の国や州を観察すると、ノルウェーにおけるオスロ市や、米国カリフォルニア州におけるサンノゼ市・ロサンゼルス市等、ZEVの普及を先導する自治体が地域の取組を活性化させていることがわかる。筆者は、国内自治体による地域の運輸脱炭素化に向けた検討に貢献することを目指し、図1に示す欧米の10の自治体による39種類の運輸脱炭素化に向けた取組について内容や導入経緯を明らかにし、当所研究報告にまとめている(向井, 2022)。本稿では、その概要紹介として、2章において規制的手法、経済的手法、情報的手法・交通インフラ整備・地域連携など、自治体による取組の類型について述べる。さらに3章では、国内の最新動向を踏まえた考察を行う。

2. 運輸脱炭素化に向けた取組の先進事例

2.1. 規制的手法

 本節では、規制的手法の先進事例について述べる。

2.1.1. 新築建物向けEVレディ要件

 これは、集合住宅・商業施設・商用駐車場などの建物新築時に一定程度の充電設備の設置や、充電設備の設置に必要となる配線・配管等を要求するものである。米国のサンノゼ市・シカゴ市・ロサンゼルス市・サンフランシスコ市・ニューヨーク市、欧州のオスロ市・パリ市・ロンドン市・アムステルダム市など、多くの自治体で導入されている(Bernard et al., 2021)。

 多くの自治体で導入が進む背景には、充電設備の設置に必要な分電盤・駐車スペース間の配線等が、建物の新築時よりも既築建物の改修時のほうが高額になる点が挙げられる。例えばサンノゼ市は、新築時と比べて、既築建物の改修時には充電設備の設置に必要な分電盤・駐車スペース間の配線等が50~80%程度も高額になるとの試算をしている(San Jose Department of Transportation, 2019)。

2.1.2. 既築建物向け充電設備設置の検討義務化

 米国サンフランシスコ市では、2019年10月、100台以上の駐車スペースを有する商用駐車場・ガレージに対し、2023年はじめまでに、駐車スペースの10%以上に充電設備の設置を検討することを義務付ける条例が決定された(San Francisco Board of Supervisors, 2019)。サンフランシスコ市内にある約300の商用駐車場・ガレージが対象となる予定であり、許可なく上記方針に違反した場合、商用駐車場・ガレージの事業者は営業許可取消しなどの行政処分を受ける可能性がある。

 当条例では、免除規定が設けられており、技術的な問題や受電インフラの不足といった導入が困難な理由がある場合、当該義務を免除することができる。免除申請には充電設備会社2社以上の見積の提出が求められている。当免除規定は、過度の費用負担の回避や、商用駐車場・ガレージの事業者と充電設備会社との間でのコミュニケーションを促す狙いがあると考えられる。

2.1.3. ゼロ排出ゾーン拡大と購入補助の統合

 パリ市は、2030年までに内燃機関車の販売を終了するという計画を掲げており、同年に、パリ市を含むパリ大都市圏内でBEV・FCV以外の走行が禁止される予定である(Bernard et al., 2020)。また、パリ市は2022年・2024年の段階的な規制内容の厳格化に関するスケジュールを公表している。この点は、自動車の新規購入や乗換を検討している消費者に対して、ZEVの選択を促すうえで効果的であると思われる。

 ゼロ排出ゾーンによる規制厳格化スケジュールの公表に加えて、パリ市は、欧米の自治体の中でも比較的手厚いZEV購入補助を提供している。例えば、パリ都市圏の居住者は、EV購入補助として最大6,000ユーロが支給される(Beevウェブサイト参照)。EVの他にも、電動自転車やカーゴバイク、集合住宅での自転車用シェルターの設置に対しても補助金を提供している。

2.2. 経済的手法

 続いて本節では、経済的手法の先進事例について述べる。

2.2.1. 自家用車向けEV購入補助の提供

 自家用車向けのEV購入補助は、運輸部門において最も認知度の高い経済インセンティブの一つであり、国内外の多くの自治体が導入している。

 EV購入補助は、新車だけではなく、中古車も補助対象に含める取組が見られる。例えばロサンゼルス市は、自治体独自に中古車向け購入補助を提供している(Los Angeles Department of Water & Powerウェブサイト参照)。新車のBEVは初期費用が高額なため、比較的、高収入の世帯のみしか補助制度の恩恵を受けることができない点を考慮し、公平性の観点から中古車を補助対象にしている。また、BEV・PHVのみではなくHVの中古車も補助対象に含めており、幅広い車種・製造年の低燃費車両の利用促進を通してCO2削減効果を高めようという意図が感じられる。中古車は新車と比べて初期費用が安くなるため、補助費用も抑制され、費用対効果の面でも合理的である可能性がある。

 これまでの研究から、購入補助については補助額が高い地域ほどEVなどの販売比率も高いということがわかっている。例えば、米国各州の2010~2015年の補助制度を分析したところ、補助額が1,000ドル多いとEVなどの新車登録台数が5~11%程度増加したとの結果が報告されている(Wee et al., 2018)。また、欧州32か国の2010~2017年の補助制度を分析した例では、補助額が1,000ユーロ多いとEVなどの販売シェアが5~7%程度増加したとの結果が示されている(Munzel et al., 2019)。2010年代の欧州や米国の分析結果が2020年代のわが国のEV市場にそのまま当てはめられるか否かについて不確実性が残るものの、わが国の自治体が、国の補助金の他に追加的な購入補助を提供することで、地域のEV導入を加速することができるものと思われる。

 また、欧州の分析事例では、効果が出現するには補助制度の導入から一定年数を要するとの結果も報告されている。わが国の自治体が補助策を実施する場合は、単年の補助制度で終わらせることなく、EV販売比率の増加傾向が出現し定着するまでの複数年にわたり、補助制度の維持のために必要な財源の確保が求められる。

2.2.2. 充電設備の導入地区の優先順位付け

 米国カリフォルニア州のベイエリア大気質管理区域は、2021年12月、Charge!と呼ばれる充電インフラ補助プログラムの募集を公開した(Bay Area Air Quality Management District, 2021)。民間企業・地方自治体・非営利団体などによる充電設備の設置・運用プログラムを対象とした、総額700万ドルの補助プログラムである。

 当補助プログラムは、申請要件として設置後3年間の最低充電量が定められている。具体的には、レベル2充電では9,000~18,000kWh、急速充電では90,000 kWhの充電量が見込まれることが要件として含まれている。また、採択事業は充電設備の設置後すぐに補助額の85%が支給されるが、残りの15%は、充電量実績に関する年次報告を設置後3~4年間提出し、最低充電量が達成された事業にのみ支給される仕組みとなっている。高い稼働率が期待される地区への充電設備の導入事業を優先させる狙いがあるものと思われる。

 公共充電設備の導入地区の偏りは批判対象にもなりうる。例えば、シカゴ市では、2018年時点で充電設備の設置地区が富裕層の居住地域に集中していることや、シカゴ市の77のコミュニティエリアのうちわずか3エリアに公共充電設備の7割が集中している点について批判されている(Henderson, 2020)。

2.2.3. フリート車両4)向け補助対象の拡大

 ニューヨーク市やシカゴ市といった自治体の補助制度の特徴の一つは、低炭素型ディーゼルトラックに加えて、電気トラック、プラグインハイブリッド・トラック、ディーゼル電気ハイブリッド・トラックなどが補助対象に含まれている点である。シカゴ市では、2015~2017年の間に、トラックやバスなど中型・大型車の買替に対する補助制度を提供してきたが、電気式のターミナル・トラクター、電気バス、電気式の配達用バンなどの補助支給実績が報告されている(Chicago Department of Trans-portation, 2020)。このような、短距離輸送や地域配送を想定するバン・トラックなどについては、すでにEV車両が製品化されており、充電設備が整備されている場合は運用上のリスクも少ないため、買替・廃車補助対象に含めることで運輸部門の脱炭素化に寄与することが期待される。

2.2.4. フリート車両向け補助制度の評価

 また、ニューヨーク市のフリート車両向け補助の場合、当該取組による排ガス削減量も推計したうえで公開している(NYC Clean Trucks Programウェブサイト参照)。老朽化した大型トラックの買替は、CO2排出量の削減に加えて、排ガス量の削減による大気環境の改善といったメリットも期待される。しかしその一方で、1台あたりの補助金額は自家用車と比べても高額になる。自治体による取組として実施する際には、補助金支給によるCO2排出量や排ガス量の削減効果を適切に評価し地域のメリットをアピールしていくような取組も、地域の理解を得ていく上で重要であろう。

2.3. 情報的手法など

 本節では、情報的手法・交通インフラ整備・地域等との連携について述べる。

2.3.1. 地域連携

 米国オハイオ州のコロンバス市は、2016年、米国運輸省とポール・G・アレン・ファミリー財団による「スマート・シティ・チャレンジ」を通して、交通網のスマート化に向けた取組のための資金5,000万ドルを獲得し、スマート・コロンバス・イニシアチブを立ち上げた。当資金を原資としたコロンバス市の取組は、民間企業・公共機関・学術機関などによる総額5億ドル以上の関連投資を誘発したといわれる(Maddox, 2017; Smart Columbus, 2019; American Electric Power, 2021)。

 スマート・コロンバス・イニシアチブでは、「アクセラレーション・パートナー」プログラムと呼ばれる地域連携の取組が行われた。これは、コロンバス市が地域の民間企業・大学・非営利団体などと連携しつつ、運輸部門のスマート化やCO2排出量・排ガス量の削減に資する取組や関連投資の活発化を狙ったものである(Slaymaker and Marbury, 2020)。当プログラムには、合計70の民間企業・大学・非営利団体などが参加した。彼らは「パートナー」と呼ばれ、以下5つの目標に取り組むことで協力した。

 1点目は、組織内の実働部隊の編制・支援やプログラムの全体会合への出席などの役割を担う「シニア・スポンサー」の選出であり、パートナー企業の社長・副社長クラスから選出された。2点目はパートナー企業でのBEV導入検討であり、18のパートナー団体が社用車としてBEVを導入するとともに、パートナー団体の経営層50名が自家用車としてBEVを購入した。3点目は充電設備の設置検討であり、パートナー団体全体で合計219の充電ポートが設置され、うち72%が「プログラム参加や補助がなければ設置しなかった」と回答した。4点目はパートナー団体内での教育プログラムの実施であり、全パートナー団体が社員等を対象としたBEV試乗会を開催した。5点目は行動変容プログラムの実施であり、30のパートナー団体が行動変容プログラムを設計・開始するとともに、21のパートナー団体がプログラム実行のための助成金をコロンバス市から獲得している。

 スマート・コロンバス・イニシアチブは2020年に終了したが、コロンバス市は引き続き運輸部門の排出削減に向けた取組を発展させる必要があると考えている。2020年2月、ギンサー市長は、2050年までにコロンバス市のカーボンニュートラル実現を目指すという目標を発表している。また、2050年のカーボンニュートラル実現に向けた32の行動計画を取りまとめた気候行動計画のドラフトを2020年に、最終版を2021年に公表している(City of Columbus, 2021; CAP Working Group, 2021)。例えば家庭利用向けの乗用車部門では、2025年にEVレディ建物条例を施行、2030年に市の登録自動車の15%をゼロ・エミッション化、2050年に市の登録自動車の100%をゼロ・エミッション化など、運輸部門の各分野における段階的な目標を表明しており、資金提供が終了した後も継続的な取組を続けている。

2.3.2. 充電設備の効率的な導入に向けた取組

 充電設備の整備に向けた取組として充電設備の補助制度を前述したが、それ以外にも、充電設備の効率的な導入に向けて多様な取組が見られる。

 例えばオスロ市では、市がすでに設置している充電設備の充電実績データに加え、1960年以前に建てられ駐車場がない住宅の多寡や、地区別の電気自動車所有台数などを踏まえて、今後充電需要が増加する可能性の高い地区の特定を行っている(Oslo kommune, 2019)。また、前節で取り上げたサンノゼ市による充電設備に対する設置補助では、充電設備の設置により期待されるCO2・排ガス削減効果などを審査項目に含めており、より地域のメリットが高い地区から優先して充電設備の整備を進めている。設備整備計画と経済インセンティブの統合が図られた事例としても参考になる。

 ロサンゼルス市では、エレクトリファイ・アメリカ社による「グリーン・シティ」と呼ばれる投資計画としてロングビーチ地区・ウィルミントン地区が選定されている(Electrify America, 2021)。当該地区は、国内でも大気汚染が残る地域としてカリフォルニア大気資源委員会(CARB)によって「不利な立場にあるコミュニティ」(disadvantaged community)に分類されている。自治体がCO2や排ガス削減を急ぐ地区への充電設備導入に、自治体の外部からの資金を誘導した事例である。

 アムステルダム市は、国内の他の80の自治体と共同で、2012年、電気自動車の普及を目的とした自治体間連携Metropolitan Region of Amsterdam Electric(MRA-Electric)を設立し、充電設備の設置と充電サービスを開始している(MRA elektrischウェブサイト参照)。設立当初は自治体資金を用いて充電設備の設置を行っていたが、充電設備からの売電収入の拡大や、充電設備設置数の増加に伴う設置費用の低減などにより、自己資金のみで設備投資費用を賄えるようになってきており、アムステルダム市は欧州の他の自治体よりも充電設備設置数が多い。

2.3.3. アクティブ移動による健康便益の考慮

 ZEVの導入に向けた取組の他に、内燃機関車の走行距離抑制に向けて徒歩・自転車の利用促進を目標に掲げる欧米の自治体は多い。サンフランシスコ市は公共交通機関・自転車・徒歩の利用を住民に推奨するトランジット・ファースト(transit first)と呼ばれる取組を1973年に開始している(von Krogh, 2018)。オスロ市は、徒歩・自転車・公共交通機関の充実化を通じて、自動車走行量を2015年比で2030年までに3分の1まで削減するとの目標を掲げる(City of Oslo, 2020)。サンフランシスコ市は2030年までに、ロンドン市は2041年までに、市内の移動の80%を徒歩・自転車・公共交通による「持続可能な移動方法」へと転換するという目標を表明している(Electric Mobility Subcommittee, 2019; Mayer of London, 2018)。

 このような背景には、徒歩・自転車による移動は「アクティブ移動(Active transportation)」と呼ばれ、健康促進などのメリットが報告されている点が挙げられる。運動による健康増進メリットは広く認知されているが、徒歩移動や自転車移動に着目してそのような健康メリットを検証する研究が増加傾向にある(Buehler et al., 2016)。アクティブ移動の促進には、本稿で取り上げた経済インセンティブの他にも、歩行者や自転車移動の安全性を高めるような道路整備などの取組が重要になる。

2.3.4. ゼロ・エミッション交通への転換

 徒歩や自転車移動の他にも、バス・鉄道・カーシェアのZEVシフトを通じて、自動車からのモーダルシフト効果を高めていくような取組が見られる。

 シカゴ市では、2040年までにバス車両をすべて電気バスに転換することを決定している(Patil, 2019)。2014年以降、公共交通バスとして電気バスの導入を開始しているが、すべてをすぐに電気バスへと移行することはせず、急速充電した場合のバッテリー劣化率や、シカゴ市のような寒冷地の屋外に夜間駐車した場合の信頼性などの評価を実施するとしている(Chicago Transit Authorityウェブサイト参照)。一方で、排ガス量の削減に向けて、2006年に調達した1,000台以上のディーゼル・バスが耐用年数(12~14年)を迎えるタイミングで最新のディーゼル・バスに交換する等も行っており、これら最新のディーゼル・バスは次の買替タイミングで電気バスへと転換することで、2040年目標を達成する計画を立てている。

 ロサンゼルス市で見られるようなBEVを活用したカーシェア(Shared-Use Mobility Center, 2019)では、内燃機関車の走行量削減によるCO2・排ガス削減に加え、地域の交通手段の充実化といったメリットが期待される。BEVの初期費用は高い一方で燃料費の低減メリットは消費者に還元されるため、カーシェア事業者への補助など経済的支援が必要になるものと思われる。また、普段BEVやPHVに乗車する機会のない消費者に対して身近に感じてもらうような教育的効果も期待される。

 なお、自動車走行をアクティブ移動やゼロ・エミッション交通の利用へと転換する取組は、すべての自動車移動を転換することはできない点に留意する必要がある。そのため、運輸脱炭素化に向けては他の取組との組み合わせを前提とした補完的な役割に留まるものと思われる。

2.4. 小括

 欧米の自治体による取組事例の整理を通じて、以下の点を明らかにした。

 第1に、規制的手法として、集合住宅・商業施設などを新築する際に、充電設備の設置に必要な分電盤・駐車場間の配線などを求めるEVレディ要件や、既築駐車場に対して、充電設備の設置検討を義務付ける条例が見られた。前者は将来的に改修で対応するよりも費用が抑えられる点を踏まえた措置であり、後者は設置費用が高くなる場合の免除規定も定められるといった配慮がなされている。

 第2に、経済的手法として、充電設備の設置補助、自家用EVの購入補助、フリート車両の買替・廃車補助などが見られた。例えば、充電設備の設置補助については、期待される導入効果が高い地区の申請を優先的に採択するなど、限られた予算で効率的に運用することが求められる。

 第3に、地域住民などとの対話型イベントやEV試乗会といった情報的手法、電気バスなど公共交通のゼロ・エミッション化に向けた交通インフラ整備、地域関係者間や自治体間での連携を目指す取組も見られた。自治体という立場を活かして地域の取組を活性化すべく、包括的な支援策を講じていくことが肝要である。

3. 考察

 前章では、欧米の自治体による運輸脱炭素化に向けた取組の先進事例について内容や導入経緯をまとめた当所研究報告の概要を紹介した。翻って、わが国の自治体による取組として近年注目を集めるのが、2021年6月、国・地方脱炭素実現会議(2021)が公表した「地域脱炭素ロードマップ」に端を発する地域脱炭素化に向けた動きであろう。ここでは、少なくとも100か所の脱炭素先行地域で、2025年度までに、脱炭素に向かう地域特性等に応じた先行的な取組実施の道筋をつけ、2030年度までに実行することとしている。加えて、2022年10月31日時点で797自治体が2050年ゼロカーボンシティを表明している(環境省, 2022)。

 本章では、前章にて概要紹介した当所研究報告の発刊以降の国内動向もふまえて、今後わが国の自治体にとって有効と考えられる取組を2点述べる。

3.1. 中期目標を含む、包括的な運輸脱炭素ロードマップの策定

 第1に有効と考えられるのが、2025年・2030年・2040年などの中期目標を含む、包括的な運輸脱炭素ロードマップの策定である。

 2050年ゼロカーボンシティを表明する自治体の取組等を見ると、再エネ導入など部分的な取組のみに言及する一方で、地域の運輸部門に関する包括的な脱炭素取組に言及する自治体は少ない。

 前章で紹介した米国コロンバス市のスマート・コロンバス・イニシアチブでは、米国運輸省等から資金を獲得し、2017年から地域連携プログラムや経済インセンティブ支給等を実施したのち、2050年カーボンニュートラル実現に向けた32の行動計画を取りまとめた気候行動計画の最終版を2021年に公表した(City of Columbus, 2021)。ここでの運輸部門の取組計画は包括的であり、①家庭利用向け乗用車のZEVシフト、②公用車・社用車のZEVシフト、③トラック等中型・大型車のZEVシフト、④高速鉄道の整備、⑤運転手のみが乗車する一人乗り車両(Single-occupancy vehicle)の走行距離の削減、⑥公共交通バスの旅客距離(Passenger miles travelled)への転換、⑦アクティブ移動の支援に向けた交通インフラ整備、の7分野に言及している。

 加えて、これら各分野の中期目標や具体的取組内容も明示されている①の「家庭利用向け乗用車のZEVシフト」を例に挙げると、2025年にEVレディ建物条例を施行、2030年に市登録自動車の15%をゼロ・エミッション化、2050年に市登録自動車の100%をゼロ・エミッション化、との中期目標や取組が記されている。

 わが国においても、2025年・2030年・2040年などの中期目標を含む包括的な運輸脱炭素ロードマップを各自治体が策定することで、2050年ゼロカーボンシティの実現に実効性を持たせることができるものと思われる。その際には、本稿で紹介したような欧米の自治体による先進事例も検討材料となるだろう。

3.2. 運輸脱炭素化に向けた条例の検討

 第2に、前述のようなロードマップを策定する際に、自治体が実行可能で、早期対応が求められる運輸脱炭素化に向けた取組については積極的に採用を検討していくべきである。

 2050年ゼロカーボンシティを表明する自治体の取組等を見ると、目標・計画を実行に移す手段として関連条例の策定・改正を採用する自治体が複数見られ、その際に欧米の先進事例で見られた取組を積極的に採用検討することが考えられる。

 例えば、欧米の自治体で採用事例が増えている新築建物向けEVレディ基準は、建物新築時に一定程度の充電設備の設置や、充電設備の設置に必要となる配線・配管等の整備を要求するものであり、将来的に既築建物の改修で対応するよりも費用が抑えられる点を踏まえた措置である。国内では、2022年9月に東京都(2022)が「カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針」を公開しており、延床面積2,000m2以上の大規模新築建物や、それ未満の中小規模新築建物を対象に、充電設備の設置要件等を導入することが示されている5)。このような動きが他の国内自治体にも波及していくことが望まれる。

参考文献

  • 1)本稿では、電気自動車(Electric Vehicle: EV)とはBEVとPHVを、ゼロ・エミッション車(Zero Emission Vehicle: ZEV)とはBEVおよびFCVを指すものとする。
  • 2)1990年に初めて米国カリフォルニア州で導入され、現在米国内の14の州、カナダの複数の州、中国、韓国などで導入されている。
  • 3)米国カリフォルニア州で2011年から開始している。同州では、2030年までに輸送用燃料のCI(Carbon Intensity: 燃料毎のライフサイクルのCO2指標)を2010年比で20%低減することを目的としいている。カリフォルニア州以外では米国オレゴン州、カナダのブリティッシュ・コロンビア州、欧州が導入している。また、米国ワシントン州が2023年1月に運用開始を予定している。
  • 4)フリート車両とは、民間企業や自治体などが事業に用いる社用車や公用車。スクールバス、シャトルバス、タクシー、貨物車などが含まれる。
  • 5)具体的には、延床面積2,000m2以上の大規模新築建物では、①5台以上の駐車場区画を有する専用駐車場では区画の20%以上(上限10台)に充電設備を実装するとともに駐車場区画の50%以上(上限25台)に配管等を整備する、②10台以上の駐車場区画を有する共用駐車場では1台以上(上限なし)の充電設備を実装するとともに区画の20%以上(上限10台)に配管等を整備するとしている。また、延床面積2,000m2未満の中小規模新築建物では、①駐車場付き戸建住宅1棟ごとに充電設備用の配管等を整備する、②10台以上の駐車場区画を有する集合住宅・非住宅では1台以上の充電設備の実装とともに区画の20%以上に充電設備用の配管等を整備すること等が述べられている。

向井 登志広Toshihiro Mukai
電力中央研究所 社会経済研究所

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