電力経済研究 No.69
2023年2月
災害時におけるZEHのレジリエンス
―アンケートデータと傾向スコアによる因果効果の分析―
Disaster Resilience of ZEH:
Causal Effect Analyses by Questionnaire Survey Data and Propensity Score
- キーワード:
- レジリエンス
- ZEH
- 停電
- 蓄電池
- 因果効果
- 傾向スコア
要旨
近年、住宅の省エネ促進のためにNet Zero Energy House(ZEH)の導入が進められている。本稿ではZEHやその要素であるPV・蓄電池が停電時のレジリエンスを高めるのかどうかを明らかにするために、過去に停電を経験した世帯に対するインタビュー調査やアンケート調査を行い、その因果効果を、他の要因のバイアスを補正する手法である傾向スコア調整法を用いて分析した。その結果、停電時の困りごととして、室温を調整したい、食事をしたい、情報が欲しいといったニーズがあることや、ZEH居住者やPV・蓄電池等の保有者は在宅避難への不安が軽減され、停電時に家電を使用でき、不便さが緩和されていることが示された。アンケートの単純比較だけでは停電時の不便さにZEHが及ぼす影響を明らかにできなかったが、傾向スコアを用いることによりはじめて統計的に確認できた。
1. はじめに
1.1. 背景
近年、自然災害による大規模な停電などが相次いで発生してきており、レジリエンス1)に対する関心が高まってきている。災害などによるエネルギー供給途絶時・停電時に、住宅でできるだけ安全・安心・快適に過ごすためには、非常食の確保などの日頃の備えだけでなく、太陽光発電(PV)や蓄電池の設置なども対策として挙げられる。さらに、我が国で導入が進められているNet Zero Energy House(ZEH)については、その便益として、光熱費を安く抑えることができる経済性、高断熱による快適・健康性に加え、レジリエンスが高いことが挙げられている(資源エネルギー庁Webサイト)。
PV・蓄電池・ZEHなどの機器や住宅の普及には、その便益を評価し、訴求していくことが必要である。環境性や経済性はエネルギー使用量等をもとに評価しやすいのに対し、レジリエンスの評価には課題もあり、適切な手法を用いて便益に関する知見を蓄積していくことが、政策的な視点からも、普及を行う事業者の視点からも不可欠である。
1.2. 先行研究
PVや蓄電池、ZEHなどがレジリエンスを実際に高めるのかどうかを把握するため、機器の出力や家電の電気使用量などから、災害時にどのくらい家電が使用可能かといったシミュレーションを行う研究がある(稲葉他2021a, b; 金他2021など)。しかし、災害時のエネルギー利用のニーズは平常時と異なる可能性や、様々なバリアによって思うように機器が利用できない可能性がある。そのため、実際の被災世帯の行動から、機器や住宅のレジリエンスを明らかにすることも必要である。災害時のエネルギー利用のニーズを調査したものとして、佐藤・村尾(2018)、稲垣・佐土原(2014)などがあり、ニーズの高いものとして医療器具やスマートフォン、暖房器具などが挙げられている。向井他(2021)は、長期停電経験者が困窮度が高いと感じたものは、冷蔵庫、スマホ・携帯電話、照明、テレビ、エアコン等であることを明らかにしている。安岡他(2022)も長期停電経験者へのインタビュー・アンケート調査から同様の傾向を得ており、停電時の困りごとを「不快」「不安」「不便」に整理した上で、「不快」や「不安」に関するものが多いことを示した。また、朝野他(2012)は東日本大震災の被災世帯を調査し、震災による停電時のPV利用実態や利用までのバリアを明らかにした。中野・小谷(2022)は2018年北海道胆振東部地震、2019年台風15号の被災世帯を対象に調査し、PV・蓄電池等の電力が困窮度の高いものに使われている様子を明らかにしている。
しかし、実際の災害時の行動から、PV・蓄電池等の設備・機器や住宅性能がレジリエンスにもたらす因果効果を明らかにしようとする場合、他の要因のバイアスがもたらす影響を考慮する必要がある。先行調査例(朝野他2012、中野・小谷2022)には、因果効果を明らかにするような定量分析が含まれていない。
すなわち、(1)災害時の行動に関する調査の中から、(2)因果効果を明らかにする定量分析を行う、という2点を具備することに意義を見出すことができ、筆者の知る限りそうした研究は見当たらない。
1.3. 因果効果の定量的な把握と傾向スコア調整法
一般に、因果効果の定量的な把握のためには、ランダム化比較試験(RCT)が望ましいとされる。RCTでは、分析対象を処置群と対照群にランダムに割当てることにより、等質とみなされるサンプル群を作成し、その群間比較を行うことにより因果効果を推定する。エネルギー分野でも、省エネアドバイスによる効果検証(Mukai et al. 2021など)や情報提供による製品購入への効果検証(Allcott and Sweeney 2016など)に用いられてきた。一方で、こうした介入実験が不可能な対象もあり、その場合には観察型研究も重要なオプションになる。災害は実験的なアプローチが困難な対象の一つであり、観察型研究を適用するのが有効と考えられる。
観察型研究では、原因となる要因以外の条件がバランスしていないことがしばしばあり、原因となる要因が結果に影響しているのか、その他の要因のバイアスが影響しているのかを判別できない。その場合には、バイアスを補正して結果を比較することにより因果関係を推定することが可能になる。傾向スコア調整法はバイアス補正のための代表的な手法であり、エネルギー分野では西尾・向井(2016)など、 災害分野では松川他(2019)などが用いている。本稿で扱うZEHは住宅性能が高く、居住者の所得も高いといった特徴があるために、ZEH以外と単純に比較するとバイアスの影響を受けやすい。そのため、本稿の分析のための手法として傾向スコアを用いることは適切である。
1.4. 本研究のねらい
そこで本稿では、ZEHやその要素であるPV・ 蓄電池等の設備・機器が停電時のレジリエンスを高めるかを明らかにするために、過去の停電を経験した世帯に対するインタビュー調査やアンケート調査を行い、その因果効果を傾向スコア調整法を用いて評価する。インタビュー調査を事前に行い、分析対象者の意識を定性的に捉えておくことで、アンケートで検証すべき仮説が明確になる。また、アンケートで得られた結果を考察する際にもインタビューの結果が参考になるため、2つの調査を合わせて実施することで効果的な分析が可能となる。なお、いずれの調査でも、近年建てられた新築戸建ての持ち家を対象としている。
本稿は以下のように構成される。住宅のレジリエンスに関して実施したインタビュー調査結果を2章で、アンケート調査結果を3章で述べる。3章ではさらに、アンケートのデータを用いて傾向スコア調整法による因果効果の推定を行う。4章では得られた結果について考察する。
2. 住宅のレジリエンスに関するインタビュー調査
2.1. 実施要領
インタビュー調査は表1の要領で2021年12月に実施した。対象者はスクリーニング調査により、築5年以内の新築戸建て・持ち家・注文住宅(ZEHを優先)の居住者で、停電経験者を5名抽出した。全員がPVを保有しており、そのうち3名はZEH居住者、1名は家庭用蓄電池を保有していた。インタビュー対象者のプロフィールは表2のとおりである。5名の対象者に対し、1対1のオンラインデプスインタビュー(1人あたり1時間)を実施した。
2.2. 結果
インタビューからは、停電時に電気を使えることが不便・不安を軽減しており、PVや蓄電池の活用の有効性が示唆された。具体的には、「停電時の困りごと・不安」「停電時に電気を使えることの便益」「停電時に電気を使う上でのバリア」「停電時の在宅避難意向、EVの活用」について聴取し、以下の知見を得た(表3)。
まず、停電時の困りごと・不安として、室温を調整したい、食事をしたい、情報が欲しいといったニーズがある。また、停電時に電気を使えることの便益として、PVの自立運転機能で冷蔵庫が使えた[2]([ ]内は対象者番号)、停電への備えを一つの動機としてPVを導入し、安心感につながった[3, 4]、PVと蓄電池を導入し、停電時に自動的に電気が使えるように設定をしていたため、テレビと冷蔵庫が使えた[4]、等の声があった。
停電時に電気を使う上でのバリアとしては、夜だったのでPVが発電していなかった[1]、PVは保有しているが、認識不足で自立運転機能を十分に活用できなかった時があった[2]、自立運転用コンセントが2階なので使いにくかった[3]、蓄電池への関心はあるものの、高価格で性能も発展途上という認識で購入には至らない[3]、普段の節電にも寄与すれば蓄電池の購入意向が高まる[2]、といった声が聞かれた。このことから、蓄電池は防災対策の強化につながると示唆される。
停電などの災害時に自宅の安全が確保され、電気なども十分に使えるのであれば、避難所に移動するよりも自宅で過ごす方(在宅避難)がよいと考えることもできる。停電時の在宅避難意向を聴取すると、倒壊/水害/断水等がなければ1~3日の在宅避難をする意向があり、蓄電池の保有有無は在宅避難意向に影響する[1, 2]、PVと蓄電池を保有しており、在宅避難を前提に新築した[4]、などの声が聞かれた。また、停電時に自宅でエネルギーを利用できる手段としてのEVにも着目し、その関心について聴取すると、EVを災害対策用に検討したが、予算が見合わず断念した[2]、EVが蓄電池も兼ねられるのなら今後関心がある[3]、EVを蓄電池として活用できることの認識がない[5]、といった声が聞かれた。このことから、蓄電池さらにはEVが活用できれば、在宅避難の可能性が高まることが示唆される。
以上、インタビューでは、PVや蓄電池などの機器を保有することで停電時の不安や不便さが軽減されるとの声がある一方、実際の使用には一定のバリアがあることがわかった。そのため、実際にレジリエンスに寄与しているのかは、アンケート調査により統計的に明らかにする必要がある。
3. 住宅のレジリエンスに関するアンケート調査:傾向スコアによるバイアス補正
3.1. アンケート調査実施要領
表4に示す要領で2021年12月に、築4年以内の新築戸建て・持ち家・注文住宅の居住者に対するアンケート調査を実施した。アンケート調査対象者5,152名のうち、現在の住まいにおいて停電経験のある居住者は4,663名2)、PV保有者は2,340名、蓄電池保有者は847名3)、停電経験のある居住者のうち910名はZEH居住者であった。
3.2. アンケートデータの単純比較
3.2.1. 在宅避難への不安の引越前後の変化
はじめに、アンケートデータの単純比較から、保有する設備や住宅種類とレジリエンスへの影響を概観する。まず、在宅避難への不安の引越前後の変化の集計結果を確認する。「災害時に長時間の停電が生じた際にご自宅で生活(在宅避難)することを想像した際の不安感は、いまのお住まいに引っ越す(住み替える)前と後で変化はありましたか?」との問いに対し、「いまの家のほうが非常に安心して在宅避難できる」「いまの家のほうがやや安心して在宅避難できる」の比率の合計は、PV、家庭用蓄電池、家庭用燃料電池、EV・PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)、VtoH(Vehicle-to-Home)機器の保有者や、ZEH、オール電化住宅の該当者が、それぞれの非保有者/非該当者に比べて高い(図1)。このことから、これらの機器や性能を備えた住宅に住むことで、在宅避難への不安の軽減につながる傾向が見られる。
3.2.2. 停電時の不便さ
実際に経験した停電時の不便さについての集計結果は次の通りである。「いまのお住まいで停電を経験された際の不便さについて、もっとも当てはまるものを一つお選びください」との問いに対し、「非常に不便を感じた」の比率は、PV、家庭用蓄電池保有者の方が非保有者に比べて低いといった傾向が見られる(図2)。一方、ここでの集計結果からは、ZEH該当者やオール電化住宅該当者については明確な差は見られず、EVやVtoHについては逆の傾向も観察される。ただし、機器保有の影響は複合的であり、不便さの感じ方は経験した停電事象の長さなどにもよるため、正確な理解のためには詳細分析が必要である。
3.2.3. 停電時の家電使用
停電時の不便さを詳細に見るため、家電機器の例として、停電時に使用ニーズの高い冷蔵庫を取り上げ、その使用率を把握する。「停電発生から復電するまでの間、次の設備・機器等の使用を試みましたか?」との問いに対し、PV、家庭用蓄電池、家庭用燃料電池、EV・PHEV、VtoH機器、のそれぞれの保有者は非保有者と比べて、また、ZEH該当者は非該当者と比べて、「実際に使った4)」の比率が高い(図3)。このことから、取り上げた機器の保有者やZEH居住者は、家電機器を使用できるようになることで、不便さ軽減につながる可能性がうかがえた。ただし、冷蔵庫の使用については、回答者によって捉え方が異なる可能性もあり、結果の解釈には注意が必要である。
なお、「実際に使った」の比率はPV保有者でも23%、家庭用蓄電池保有者でも35%にとどまっている。この理由の一つは、「使用を試みなかった」を選択した比率が高いことが挙げられる。PVの場合は、夜間や天候が悪い場合などは発電しないため、使用を試みなかった可能性が考えられる。さらに、「使用を試みたが使えなかった」の比率もPV保有者で21%、家庭用蓄電池保有者で24%いる。調査では、何らかの家電について「使用を試みたが使えなかった」と回答した人に、その理由を尋ねているが、PVや蓄電池の発電・給電量が不足していた、PVや蓄電池に不具合が生じた、家電が壊れていた、などを挙げた人がいた。
また、「実際に使った」比率がPV非保有者でも11%、家庭用蓄電池非保有者でも13%に上ることは注意して解釈する必要がある。一つの可能性として、その他の代替的な手段で電力を確保した可能性が考えられる5)。一方、調査の意図とは反し、電気は通っていなくても冷蔵庫の中のものを取り出したという人も一部交じる可能性は否定できない。
3.3. 傾向スコア調整法の手法
アンケートの単純比較からは、PVや蓄電池の保有者の方が、非保有者に比べて停電時の不安・不便さが軽減されている可能性がうかがえた。しかし、これらの技術の採用者は所得が高いなど、比較対象の属性にバイアスがある場合、技術の採用が不安や不便さに因果効果をもたらしているかどうか、単純比較から判断することはできない。傾向スコア調整法はそのバイアスを補正し、対象となる各群を仮想的に比較可能にするための手法である。
図4は傾向スコア調整法の概念図を示している。原因となる介入を受けた群を処置群、介入を受けなかった群を対照群と呼ぶ。また、処置群と対照群を分ける変数を処理変数(\(z\)\(i\))と呼ぶ。\(z\)\(i\)は処置群に割当てられた時に1、対照群に割当てられた時に0を取る。本稿において処理変数にはPV・蓄電池等の様々な機器や、ZEHの採用有無が当てはまる。結果を表す変数を結果変数(\(y\)\(i\))と呼び、本稿においては停電時の不便さ等が当てはまる。住宅・世帯属性など、処理変数と結果変数の両方に影響を及ぼす変数を共変量(\(x\)\(i\))と呼ぶ。
ルービンによる因果効果の推定の考え方にもとづくと、潜在的な結果変数(potential outcomes)の定義が必要である(Rubin 1974)。潜在的な結果変数は、各群に仮に割当てられたとした場合の仮想的な結果変数である。ここで、仮に処置群に割当てられた時の結果変数を\(y\)1(サンプル\(i\)については\(y\)\(i\)1)、仮に対照群に割当てられた時の結果変数を\(y\)0(サンプル\(i\)については\(y\)\(i\)0)と表記する。また、実際に観測される結果変数\(y\)1は式(1)のように書ける。
(1)
このとき、サンプル\(i\)における因果効果は\(y\)\(i\)1-\(y\)\(i\)0と定義できるものの、実際にはどちらかの群にのみ割当てられるため、\(y\)\(i\)1と\(y\)\(i\)0のいずれかは観測できない。ランダム化比較試験のように、もし割当が無作為に行われるのであれば、\(z\)\(i\)と結果変数(\(y\)1, \(y\)0)は独立となるため、因果効果の期待値は以下のように求めることができる。
(2)
割当が無作為に行われない観察型研究では、\(z\)\(i\)と結果変数(\(y\)1, \(y\)0)は独立とならない。例えば、PV・蓄電池・ZEH等を採用する世帯は所得水準が高く、他の停電時の対策もとることができているために停電時の不便さが軽減される、などの傾向がある可能性がある。この場合、技術を採用している群としていない群の間で共変量の分布にバイアスがあることで、技術の採用有無による結果変数への因果効果を正しく推定できなくなる。傾向スコア調整法はそのバイアスを補正する。
具体的には、まずサンプル\(i\)が処置群に割当てられる確率(\(p\)(\(z\)\(i\)=1|\(x\)\(i\)))を表す傾向スコア(\(e\)\(i\))を推定する。傾向スコア\(e\)\(i\)は式(3)のようなロジスティック回帰モデルで表されることが多い。次に、推定された傾向スコアの近いサンプル同士で比較したり(マッチング)、傾向スコアで結果変数を重み付けしたりすることで、仮想的に処置群と対照群の処理変数以外の条件を同じとみなすことができ、処理変数による結果変数への因果効果を推定できるようになる。本稿ではこのうち、各群に割当てられる確率の逆数により重み付け平均する手法(Inverse Probability Weighting, IPW)を用いる6)。
IPWでは、式(4)のように処置群、対照群の重み付け平均を求める。因果効果の推定にあたっては、重み付けした結果変数を被説明変数とし、処理変数を説明変数として回帰分析し、処理変数が有意な結果を及ぼしているかを確認する。
(3)
(4)
3.4. 傾向スコアの推定
3.4.1. 変数の選択
3.2節のアンケートの単純比較でとりあげた変数のうち、ここでは停電時の不便さについて明確な差が見られなかったZEHの該当・非該当を処理変数として取り上げる。ZEHはほとんどの場合でPVを保有しており、蓄電池を導入すれば停電時にも自給自足が可能な住宅として期待が高いことからも、詳細に分析しておく価値はある。
結果変数としては、アンケートの単純比較でも扱った、在宅避難への不安の引越前後の変化、停電時の不便さ、家電機器(冷蔵庫)の使用率の3項目を取り上げる。「災害時に長時間の停電が生じた際にご自宅で生活(在宅避難)することを想像した際の不安感は、いまのお住まいに引っ越す(住み替える)前と後で変化はありましたか?」との問いに対する5件法の選択肢から、1:「前の家のほうが非常に安心して在宅避難できる」~5:「今の家のほうが非常に安心して在宅避難できる」とし、指数化したものを「在宅避難への不安の引越前後の変化」とする。また、「いまのお住まいで停電を経験された際の不便さについて、もっとも当てはまるものを一つお選びください。」との問いに対する5件法の選択肢から、1:「まったく不便を感じなかった」~5:「非常に不便を感じた」とし、指数化したものを「停電時の不便さ」とする。さらに、「停電発生から復電するまでの間、次の設備・機器等の使用を試みましたか?」との問いに対し、冷蔵庫を「実際に使った」と回答した人の比率を「使用率」とする。
共変量としては、処理変数と結果変数の双方に影響するものを取り上げるべきであるとされている。また、必ずしも処理変数に影響しなくても、結果変数と関係の深い変数は共変量に加えることが推奨されている(星野 2009)。そこで、日頃の防災・停電対策への関心を5件法(1:まったく関心がない~5:非常に関心がある)で尋ねた結果を指数化したもの、日頃の防災・停電対策として実施している具体的な対策を示すダミー変数(「防災グッズを常備」「飲料水や生活用水を備蓄」)、家や設備の点検・メンテナンスをしているかどうかを5件法(1:まったくしていない~5:非常にしている)で尋ねた結果を指数化したものをとりあげる。防災・停電対策に関心が高い世帯や実際に対策をとっている世帯では、ZEHの採用率も高い可能性があるのと同時に、ZEH以外の様々な対策が停電時の不安や不便さに影響している可能性が考えられるためである。さらに、経験した停電の期間が長いほど感じた不便さが大きかった可能性があるため、経験した停電の期間を表すダミー変数(基準:最大で2日以上)をとりあげる。その他、属性として、同居人数、世帯年収のダミー変数(基準:200万円未満)、世帯主年齢、世帯主の最終学歴を表すダミー変数(基準:中学校卒)、回答者本人の年齢、性別(男性)を表すダミー変数などを設定する。サンプルは過去に停電を経験した世帯のみを対象(4,663サンプル)とする。
3.4.2. 傾向スコア推定のためのロジスティック回帰モデル
表5は傾向スコアを求めるロジスティック回帰モデルの推定結果を示している。「防災・停電対策への関心」を表す変数(係数は0.21)や、日頃の防災・停電対策として「飲料水や生活用水を備蓄」するダミー変数(同0.18)、「家や設備の点検・メンテナンス」の変数(同0.43)が有意で、係数が正値である。防災・停電対策に関心があり、実際に日頃の対策や点検等を実施している人において、ZEHを採用することが多い傾向にあることがうかがえる。
加えて、世帯主の最終学歴として「高等専門学校卒」(係数は0.84)や「大学卒(文系)」(同1.00)、「大学卒(理系)」(同1.01)を表すダミー変数が有意に正となっており、基準である中学校卒の人と比べてZEHの採用率が高くなる傾向がうかがえる。さらに、世帯主年齢(同-0.03)、回答者年齢(同-0.03)の変数は有意に負である。年齢が若いほど、将来にわたり住宅を使い続ける期間が長いなどのことから、ZEHを選択することも多いと推測される。なお、停電期間を表すダミー変数は結果変数に影響するものとして入れている。
また、傾向スコアを推定した際の当てはまりの良さを表すC値7) は0.78、McFaddenの疑似決定係数は0.18となる等、概ね良好な傾向を示している。傾向スコアを計算するモデルのフィットがよいことは、共変量調整によって因果効果の推定が可能になるための条件(「強く無視できる割当」)が成立しているかどうかを判別する一つの方法とされている(星野2009)。
3.4.3. 傾向スコアによる各群の共変量の調整結果
「強く無視できる割当」条件が成立しているかどうかを判別する方法の一つとして、推定した傾向スコアによって調整した共変量の分布を比較することで、対照群と処置群が比較可能になっていることを確認することが推奨されている(星野 2009)。
共変量の調整結果を示した表6では、各共変量について、調整前後における対照群・処置群の平均値と差の有意性を示してある。調整前には処置群の防災・停電対策への関心の指数は平均4.2と、対照群の3.8より有意に大きい。一方、調整後には対照群・処置群の指数はともに平均3.9であり、有意な差は見られない。その他の変数についても、調整後には各共変量に群間で有意な差は認められない。この結果、傾向スコアによる調整後に各共変量のバイアスは取り除かれており、対照群と処置群が比較可能となっていることが確認できる。
3.5. アンケートデータの詳細分析結果
3.5.1. 在宅避難への不安の引越前後の変化
推定された傾向スコアによりバイアスを調整した上で、処置群(ZEH該当者)と対照群(ZEH非該当者)の間で結果変数を比較する。在宅避難への不安の引越前後の変化を結果変数とした図5における調整後の数値を見ると、対照群の4.1に対し、処置群の方が4.2と有意に大きい。すなわち、長期停電時の在宅避難に対する安心感の引越後の高まりは、ZEH該当者の方が大きいことがうかがえる。調整前にも同様の傾向は見られていたが、他の要因の影響を除いた後でも、ZEHの効果が見られることが統計的に明らかになった。
3.5.2. 停電時の不便さ
同様に、処置群(ZEH該当者)と対照群(ZEH非該当者)の間で停電時の不便さを比較する(図6)。調整後の数値を見ると、対照群の3.8に対し、処置群の方が3.6と有意に小さい。すなわち、ZEHに住むことで実際に停電時の不便さが軽減されている。調整前には対照群と処置群の間に有意な差は見られなかったのが、他の要因の影響を除いた結果、有意に軽減されていることが統計的に明らかになった。
3.5.3. 停電時の家電使用
停電時の不便さの詳細を把握するために、処置群(ZEH該当者)と対照群(ZEH非該当者)の間で停電時の家電機器使用状況を比較する。冷蔵庫の使用率を示した図7を見ると、対照群の14%に対し、処置群の方が24%と有意に高い。調整前にも同様の傾向は見られていたが、他の要因の影響を除いた後でもZEHの効果が見られることが統計的に明らかになった。
図8は調査したすべての家電機器について、停電時の使用率を対照群と処置群で比較している。いずれの機器についても対照群に比べて処置群の使用率の方が有意に高いことがわかる。例えば、照明の使用率は対照群の13%に対し、処置群の方が24%と有意に高い。
4. 考察
本稿では、ZEHやその要素であるPV・蓄電池等の機器が停電時のレジリエンスを高めるかどうかを明らかにするために、過去の停電を経験した世帯に対するインタビュー調査やアンケート調査を行い、その因果効果を傾向スコア調整法を用いて評価した。災害は因果効果を推定するために実験的アプローチができない対象であり、観察型研究が適している。また、ZEHの居住者の所得が高い傾向にあるなど、比較対象の群間にバイアスがある点で傾向スコアを用いることが適している。
以下ではインタビュー調査やアンケートデータの分析から明らかになった点を整理し、考察を加える。
4.1. 停電時の困りごと
インタビューからは、停電時の困りごと・不安として、室温を調整したい、食事をしたい、情報が欲しいといったニーズがあった。これらは先行研究の結果とも概ね整合しており、災害時のニーズとして一般的なものと捉えることができる。
4.2. ZEHやその要素であるPV・蓄電池等のレジリエンス便益
インタビューからは、停電時に電気を使えることの便益として、「PVの自立運転機能で冷蔵庫が使えた」「停電への備えを一つの動機としてPVを導入し、安心感につながった」「PVと蓄電池を導入し、停電時に自動的に電気が使えるように設定をしていたため、テレビと冷蔵庫が使えた」等の声があった。
アンケートからは、在宅避難への不安を引越前後で比較した場合、いまの家のほうが安心して在宅避難できるという評価がPV、家庭用蓄電池、家庭用燃料電池、EV・PHEV、VtoH機器の保有者や、ZEH、オール電化住宅の該当者で高かった。このうち、ZEH該当者においては傾向スコアによる調整後も有意に評価が高いことが確認されており、在宅避難への安心につながっていることが統計的にも明らかになった。
また、停電時に不便を感じている人の比率は、PV、家庭用蓄電池保有者の方が非保有者に比べて抑えられる傾向が見られた。さらに、傾向スコアによる調整を行うと、ZEH該当者が感じる不便さが非該当者に比べて有意に改善されることが統計的に明らかとなった。これは、アンケートを単純に比較しただけでは明確な傾向が見られなかった点である。
停電時の不便さを詳細に見るため停電時の冷蔵庫の使用率を集計すると、PV、家庭用蓄電池、家庭用燃料電池、EV・PHEV、VtoH機器の保有者の使用率は高かった。また、傾向スコアによる調整後もZEH該当者の使用率は非該当者より高かった。このことから、エネルギー供給のための機器保有や住宅性能により不便さ軽減につながる可能性がうかがえた。
一方で、停電時にはPV保有者や家庭用蓄電池保有者でも冷蔵庫を十分に使えなかった場合もあることには留意が必要である。その背景には、機器を保有していても実際に効果が発揮されるためにバリアがあることもうかがえる。例えば本稿のインタビューでは、「夜だったのでPVが発電していなかった」「PVは保有しているが、認識不足で自立運転機能を十分に活用できなかった時があった」「自立運転用コンセントが2階なので使いにくかった」などの声があった。中野・小谷(2022)はPVなどのエネルギー設備を停電時に利用するには、保有しているエネルギー設備を実際に利用する段階(保有→利用)、エネルギー設備を利用した場合に、それが十分に家電使用につながるという段階(利用→効果)の2段階でバリアがあることを指摘している。朝野他(2012)も東日本大震災でPVの電気を使えなかった人が多かった理由として、天候が悪かったこと以外に自立運転を知らなかった人が多かったことなどを明らかにしている。例えば蓄電池についても、製品によっては自立運転モードに手動で切り替える必要があり、その方法を知らなければ停電時に電気が利用できないこともある。近年では自立運転モードへの自動切り替えが行えるものもあり(例えば本稿のインタビュー対象者[4])、こうした機能向上がバリアを解消していくことが期待される。
4.3. 今後の住宅のレジリエンス強化
アンケート調査からはZEHの採用、あるいはその要素であるPVや蓄電池の導入により停電時のレジリエンスを高めることが示された。自然災害による大規模な停電などが発生してきている中、他の防災対策と合わせ、これら設備や住宅の普及もレジリエンス強化の一助となる。ZEHは正味のエネルギー使用量がゼロであることなどから脱炭素化にも寄与し、蓄電池も組み合わせればPVの電気を日頃から有効に活用できる。レジリエンスの高い住宅が、脱炭素や日頃のランニングコスト節約にも貢献する形で普及することは望ましい。
一方、インタビューでは、「蓄電池への関心はあるものの、高価格で性能も発展途上という認識で購入には至らない」「普段の節電にも寄与すれば蓄電池の購入意向が高まる」などの声が聞かれた。現在のように設備の初期費用が高い状況では、災害時のための備えという目的だけでは十分な購入動機にならないことがうかがえる。そのため、本稿で検討したレジリエンス便益だけでなく、ランニングコスト節約を含めた多面的な便益を伝えることが普及に必要である。多面的便益の水準の向上8)やその評価に加え、便益を効果的に訴求するための情報提供手法について、今後検討する必要がある。
本稿の分析対象に限らず、技術の採用などとその効果の関係を知ろうとする場合には、バイアスのあるデータを扱うことも多い。そのため、関連する知見を蓄積していくことは正しい効果の把握に寄与していくと期待され、今後も継続的に研究に取組む必要がある。
謝辞
本稿は、環境省「令和3年度CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業」の採択課題「エネルギー自給自足ユニットの技術開発・実証」(技術開発代表者:積水化学工業株式会社、共同技術開発者:ニチコン株式会社、一般財団法人電力中央研究所、東京大学生産技術研究所)の成果の一部である。関係諸氏に対して謝意を表す。
参考文献
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https://doi.org/10.1037/h0037350 - 朝野賢司他(2012)「東日本大震災・被災地におけるエネルギー利用実態調査―震災後1ヶ月間の在宅被災者の対応行動―」, 電力中央研究所報告 Y11027.
https://criepi.denken.or.jp/hokokusho/pb/reportDetail?reportNoUkCode=Y11027 - 稲垣景子・佐土原聡(2014)「東日本大震災における停電時の生活行動に関する調査研究」,電気学会論文誌C, 134(3), pp.398-403.
https://doi.org/10.1541/ieejeiss.134.398 - 稲葉愛永他(2021a)「停電時の在宅避難を考慮したゼロ・エネルギー住宅における設備構成と居住者行動に関する研究」, 日本建築学会環境系論文集, 86(779), pp.111-120.
https://doi.org/10.3130/aije.86.111 - 稲葉愛永他(2021b)「在宅避難を考慮したゼロ・エネルギーハウスにおける夏季の停電模擬実験」, BECC JAPAN 2021
- 環境省(2022) 令和2年度家庭部門のCO2排出実態統計調査(確報値)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00650408&kikan=00650&result_page=1 - 金ジョンミン他(2021)「48時間停電自立実験におけるエネルギー・温熱環境に関する研究」, BECC JAPAN 2021
https://seeb.jp/paper/2021/doc/BECCJAPAN2021_P-9.pdf - 佐藤真吾・村尾修(2018)「東日本大震災の経験に基づく生活支障の定量評価」,地域安全学会論文集, 33, pp.43-51.
- 資源エネルギー庁Webサイト「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」.
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/general/housing/index05.html(アクセス日2022.12.22) - 中野一慶・小谷仁務(2022)「自然災害に起因する停電時の家庭のエネルギー利用実態とレジリエンス―2018年北海道胆振東部地震と2019年台風15号を対象としたアンケートから―」, 第38回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演論文集, pp.313-318.
- 西尾健一郎・向井登志広(2016)「時間帯別料金による家電利用行動の変化―傾向スコアでバイアス補正をしたアンケートデータ分析―」, 日本建築学会環境系論文集, 81(729), pp.1025-1034.
https://doi.org/10.3130/aije.81.1025 - 星野崇宏(2009)「調査観察データの統計科学―因果推論・選択バイアス・データ融合」, 岩波書店.
- 松川杏寧他(2019)「インクルーシブな防災訓練の傾向スコア分析によるインパクト評価」, 地域安全学会論文集, 35, pp.279-286.
https://doi.org/10.11314/jisss.35.279 - 向井登志広他(2021)「自然災害による停電経験者に対するインタビュー調査」,第40回エネルギー・資源学会研究発表会 講演論文集, pp.53-58.
- 安岡絢子他(2022)「住宅のエネルギーに関するレジリエンス性向上のための調査―自然災害による長期停電時の困りごとの把握―」, 電力中央研究所報告 GD21016.
https://criepi.denken.or.jp/hokokusho/pb/reportDetail?reportNoUkCode=GD21016 - 山田愛花他(2022)「自給自足住宅の多面的評価―PV・蓄電池の大容量化や運用高度化ポテンシャルの分析―」, 令和4年電気学会 電力・エネルギー部門大会, 2022.9.9.
- 1)レジリエンスとは、ある主体が外的なショック(外力)を受けた時に、その影響を最小限にし、迅速にもとの状態にもどる能力のことを指して用いられる。エネルギー分野では、電力供給システムの外力への耐性や回復力(いわば供給側のレジリエンス)が評価対象となることが多い。本稿では、災害などによるエネルギー供給途絶時・停電時に、住宅でできるだけ安全・安心・快適に過ごせる能力(いわば需要側のレジリエンス)を対象とする。
- 2)スクリーニング調査で停電経験のある居住者に限定して可能な限り回収した後、条件を緩和し、経験のない居住者も含めた。
- 3)令和2年度家庭部門のCO2排出実態統計調査(環境省 2022)では、2016年以降に建築された戸建住宅で3割がPVを保有し、1割が蓄電池(家庭用蓄電システム)を保有していると報告されている。本調査では持ち家・注文住宅に対象を絞っていることから、その比率が若干高くなっていると推測される。
- 4)「冷蔵庫は、電気が通って冷やせる状態になることを、「使用」と考えてください。」という注意書きを付けたため、例えば、通電はしていないが中身を取り出した、という場合は「不使用」と調査上では想定した。
- 5)PV非保有者(2,514名)のうち、6%(160名)は家庭用蓄電池、9%(214名)は家庭用燃料電池(エネファーム)を保有していた。また、家庭用蓄電池非保有者(3,865名)のうち、39%(1,511名)はPV、9%(358名)は家庭用燃料電池(エネファーム)を保有していた。
- 6)IPW推定は他の調整法(マッチングや層別解析)と比べて恣意性が低い等の利点が指摘されており、近年の適用事例が増えている(星野2009)。
- 7)近年の傾向スコアを用いた研究からは、C値が0.8以上であることが一つの基準となっている(星野2009)。
- 8)蓄電池の運用方法改善によりランニングコスト節約効果が高まる可能性を示したものとして、山田他(2022)の研究がある。このように、便益の水準を向上させるための関連研究も重要となる。
中野 一慶(Kazuyoshi Nakano)
電力中央研究所 社会経済研究所