環境
風力発電は、風のエネルギーを利用して発電するため、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル実現への取り組みのひとつとして導入が進んでいます。その一方で、回転する風車のブレードに鳥類が衝突する事象、いわゆるバードストライクが懸念されています。鳥類の風車への衝突の現状を理解し、実効性のある対策をするためには、衝突や、衝突を回避する行動の実態を明らかにする必要があります。
当所では、風力発電が鳥類へ及ぼす影響を定量的に調査・評価し、環境への配慮を科学的に行うため、ステレオビジョン(複数のカメラ撮影による立体視)を活用した鳥類飛翔観測と衝突影響の実態把握に向けた取り組みを進めています。
(a)風車、(b)飛翔中の鳥類(オオハクチョウ)、(c)ステレオビジョンによるカメラ観測の様子
風力発電による鳥類への影響は、主にバードストライクや生息場の改変等が報告されています(図1)。
図1 風力発電による主な鳥類影響(a)バードストライク、(b)生息場の改変
鳥類影響は陸上および洋上で報告されているが、図は洋上を例とした。
このうち、バードストライクは多くの国々で課題となっており、陸上の風車については、衝突死骸による調査結果が集約されています。衝突が全く見られない発電所もあれば、風車1基・1年当たり30個体を超える発電所もあり、発電所の環境や位置、鳥の種類によって衝突数に大きな違いがあることが分かってきました。このため、衝突数の多い原因を明らかにする必要があるのですが、そこには大きなハードルがあります。
鳥がなぜ、どのように衝突するのか、なぜ衝突を避けられないのか等、情報がとても少ないのです。衝突の原因を明らかにするためには、衝突の際の飛翔行動と衝突要因について観察データを集める必要があります。しかし、鳥が風車に衝突する頻度は極めて稀なことから、これまでの目視による観察調査では多くのデータを集めることは困難でした。また、上空を飛翔する鳥の位置や高さを正確に測れない、という根本的な課題もありました。
当所では、2台のカメラを用いて風車近傍の飛翔を観測し、その軌跡を3次元で座標化するステレオビジョンを活用したカメラ観測手法を開発し、バードストライク調査に適用しています。このカメラ観測手法では、取得した映像から、鳥の飛翔の3次元座標、すなわち緯度、経度、高度のデータを出力することができるため、風車に対する鳥の動きを細かく分析することが可能です(図2)。また、撮影にはビデオカメラを利用し、小型の太陽光パネルで電源をまかなう等、野鳥のフィールド調査に適用できる簡易な仕様となっています。
図2 ステレオビジョンによる鳥類カメラ観測の模式図
2台のカメラを1セットとして設置し、同時に撮影された画像内の特徴をマッチングさせ、
その差を解析することで、飛翔を立体的に捉えることができる。
開発したカメラ観測手法を利用し、陸上の複数の風車を4季節(各7日間)調査した研究では、稼働中の風車にカメラを向けて撮影し、鳥類の飛翔を3次元化して分析しました。この際、風車の中心部分を座標の原点として、ブレードの回転範囲やその近傍の飛翔行動を把握しやすくしました(図3)。風車中心からの距離に対する飛翔量の頻度を集約した結果(図4)、ブレード回転範囲内を通過する飛翔が89回確認できました。
図3 風車中心(赤色十字)、ブレード回転範囲(半径40m)、解析範囲の模式図
図4 風車中心からの距離に対する飛翔の頻度
これらの飛翔行動の様態について、3次元化した軌跡から確認したところ、衝突を回避する行動には3つのタイプ(①直線的飛翔・迂回タイプ、②旋回飛翔・迂回タイプ、③直前回避タイプ)がありました(図5)。これらの飛翔様態は、風車の回転の有無によって割合が異なり、風車が回転していない場合には、①直線的な飛翔により回避する行動が多い一方、風車が回転している場合には、③直前で回避する行動が増加しました。さらに、この3タイプには該当しませんが、回避をせずに塔体に衝突する事象が1回確認されました。
図5 カメラ観測によって確認された3つの回避行動タイプ
今回の観測から、ブレードの存在を鳥類が事前に認識できた場合には、迂回して回避する行動をとる事象が多いものの、風車が回転している場合には認識が遅れ回避が直前になる事象が増加すること、また、回避することなく衝突する事象もあることがわかりました。こうした結果から、鳥類が風車やブレードを認識できるように工夫することにより、鳥類に回避を促し、衝突を低減することが可能と考えられます。
今後、洋上風力の拡大が見込まれており、風況の良い地域では、多数の風力発電所が建設され、風車が林立することになるでしょう。鳥類の風車への衝突や生息場の改変等のリスクが高まることから、影響を受けやすい場所での風車の建設を避ける配慮や、稼働中に影響を評価し、順応的な対策を行うことが望まれます。こうした状況に応えるため、当所では洋上の風車に対してもカメラ観測を実施する等の実地研究と課題把握を通じた技術更新を進めています。
カメラ観測により取得した飛翔のデータは、鳥類の位置を3次元、高精度に再現した座標の点群です。これを活用することで、鳥類が飛翔する頻度の高い空間(利用空間の密度分布)を明らかにし、風車等、構造物との関係性をより科学的に評価することが可能になります(図6)。実用性を高めるためには映像処理の省力化が欠かせないため、蓄積してきた飛翔映像を利用したAIによる自動処理の開発も進めています。さらに、洋上の広い観測範囲に対応するため、カメラだけでなく、ドローンやレーダー等を組み合わせた技術の開発も重要です(図7)。今後も、カメラ観測の技術をコアとした調査、評価技術を発展させ、鳥類や生態系への影響に関わる実態やメカニズムを明らかにし、生物の持続的な保全とカーボンニュートラル実現に貢献していきたいと考えています。
図6 カメラ観測データを活用した鳥類の空間利用分布模式図
利用頻度が海表面付近に多いケース。3次元空間を飛翔する鳥類の詳細な影響評価が可能になる。
図7 カメラ、ドローン、鳥類レーダーを併用した観測模式図
2022年3月掲載