共通・分野横断
2020年10月、日本政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言しました。2021年6月には、国・地方脱炭素実現会議が「地域脱炭素ロードマップ」を公開し、少なくとも100の地域で2025年度までに地域の特性に応じた先行的な取り組みへの道筋を示すという方針を掲げています。
太陽光発電の導入拡大などエネルギーの供給側については、国や自治体が取り組みを検討しています。他方、エネルギーを消費する需要側では、太陽光発電の導入拡大など電気の脱炭素化を見据え、電気を利用する高効率機器を民生・運輸・産業の各部門で導入していく必要があります。しかしながら、部門毎のCO2排出実態は地域によって異なり、統一的な取り組みの実施を難しくしています。
当所では、需要側のCO2削減に向け、わが国の自治体が需要側の取り組みを設計する際に有効活用してもらうことを目指し、国内外の先進的な取り組み事例について調査を進めています。
自治体別の民生部門・運輸部門・産業部門のCO2排出量の比較
(環境省「部門別CO2排出量の現況推計(2018年度)」より作成)
目次
1. 地域の脱炭素化に向けた取り組み:民生部門
米国の先進的取り組みとわが国で期待されるアプローチ
2. 地域の脱炭素化に向けた取り組み:運輸部門
欧米の先進的取り組みとわが国で期待されるアプローチ
3. 地域の脱炭素化に向けた取り組み:産業部門
産業部門の有望技術と期待されるアプローチ
民生(家庭・業務)部門におけるCO2排出ネットゼロの実現には、住宅や事業所のエネルギー消費に伴うCO2排出を可能な限り削減する「建物脱炭素化」の検討が必要です。その際、将来的に脱炭素化された電力を活用できる「電化」は有効なアプローチです。
当所は、建物脱炭素化に向けた地域の取り組みの先進事例として、2017年以降の米国の州や自治体による15事例(図1)を調査し、取りまとめています(電力中央研究所 研究報告Y19005)。電化を含め、需要側の対策には地域の事情にあわせて様々な取り組みがありますが、ここでは「規制的手法」「経済的手法」「情報的手法」に分類して紹介します。
●規制的手法
条例などにより、新築住宅などで空調・給湯・調理用などの燃焼機器の設置を禁止したり、省エネ性能に差をつけることによって実質的に電化を推奨するなどの事例があります。
また、電化を促進する環境を整えるために、新築時に電気容量や電気配線の確保を求める「電化レディ」を導入する例もあります。こうした積極的な手法は、カリフォルニア州のサンフランシスコ市・サンノゼ市などの環境先進都市で採用され、公共施設から先行させる工夫もみられます。
●経済的手法
初期投資費用が技術の普及を妨げていると考えられる場合、導入費用の補助を採用する事例があります。
例えば、地域電力会社であるサクラメント電力公社は、地元の認定工務店と連携し、電気式空調・給湯・厨房機器などを対象に補助プログラムを展開しています。
また、暖房用石油に課税し、その税収をヒートポンプ機器設置への補助などに活用するシアトル市の検討事例もあります。
●情報的手法
ボルダー市では、快適性・制御性などのメリットを訴えながらヒートポンプ普及啓発キャンペーンを展開し、専門家による無料アドバイスも提供しています。
また、メイン州では脱炭素社会への「公正な移行」を意識し、燃焼機器・関連サービスの従事者がヒートポンプ普及などに関われるよう人材育成の支援に取り組んでいます。
図1 米国の州・自治体による先進的取り組みの15事例(出典:電力中央研究所 研究報告Y19005)
米国の州・自治体の事例から、当所は、公共施設での先行的な取り組み、雇用に配慮した取り組み、エネルギーの供給側・需要側の相乗効果を狙った取り組みなどが、わが国の自治体のアプローチとして期待されると考えます。
公共施設での先行的な取り組みを通じて、民間では迅速な対策が難しい場合でも、経験を蓄積するとともに、建物における対策のあり方を率先して示すことができます。建物脱炭素化では設備的な対策も手がけていく必要があり、例えば新築・改修などに関わる地域の工務店との連携は、雇用に配慮した取り組みとして有効なアプローチです。再生可能エネルギーによる電力の増加と同時に、建物側の熱分野の電化に向けた取り組みは、供給側・需要側で脱炭素化の相乗効果を狙うことができるアプローチです。
運輸部門では、再生可能エネルギーなどの電気を利用することでCO2の排出削減が可能な電気自動車(BEV: Battery Electric Vehicle)などが注目されています。BEVの普及で先行する欧米の自治体では、自家用車・商用車のBEV化や充電インフラ整備に向けた規制的・経済的・情報的な取り組みが運用されています。当所は、これら先進事例が、わが国の自治体が運輸部門の取り組みを検討する上で示唆に富むと考え、欧米7市12事例を詳細に調査しています。
●方向性の明確化
対象や目標達成年を明確にした上で、BEVなどの普及目標を表明する例がみられます。例えば、米国サンフランシスコ市では、2040年までの運輸部門の脱炭素化を最終目標とし、自家用車・充電設備・カーシェア・バス・トラックなどの対象別に、それぞれ2025年・2030年までの段階的な普及目標を設定しています。
●自家用車のBEV化
BEV購入補助金制度は国内外の様々な自治体で独自に進められています。新車対象の補助金が多い中、米国ロサンゼルス市では地域の多様な消費者を意識し、購入時の2~8年前に製造された中古BEVも補助金の対象としています。
●商用車のBEV化
環境先進都市の多くは商用車向けの取り組みも行っています。英国ロンドン市は、タクシー車両には実質的にBEVやプラグイン・ハイブリッド車(PHV:Plug-in Hybrid Vehicle)のみを認可するライセンス要件を2018年1月に採用しました。米国ニューヨーク市は、電気トラックなどへの新車買替や旧型トラックの廃車に対する補助制度を運用しており、エネルギー種別・車両重量別に1台あたり12,000ドル~185,000ドル(約130万~2,000万円)を補助しています。また、この制度運用による大気汚染物質の削減効果も公表しています。
●充電インフラの拡充
充電インフラの拡充は、電欠に対する消費者の不安を払拭する効果が期待できます。ノルウェーオスロ市は、充電設備の利用率や、1960年以前に建てられた駐車場がない住宅の分布などから、追加設置ニーズが高いと判断される区画から充電設備の導入を進めています。米国サンフランシスコ市は、商用駐車場に充電設備の設置を義務化する条例を施行しています。対象は100台以上の駐車スペースがある大型の商用駐車場で、2023年の年始までに駐車スペースの10%以上に設置することが求められています。
図2 先進自治体による運輸部門の脱炭素化に向けた取り組みの例(2021年2月時点)
先進事例の調査を踏まえ、商用車を含めた施策の具体化、自家用車・商用車向けの規制や補助金、大気環境改善を意識した取り組みなどが、わが国の自治体の運輸部門のアプローチとして期待されると考えられます。
自治体が運輸部門の脱炭素化を目的とする場合、自家用車や充電インフラに加え、商用車の分野でも普及目標や取り組みの具体化が望まれます。BEVの普及に向けては、地域の消費者層やCO2排出要因を意識し、国によるBEV補助金とは別に新車・中古車の購入や旧車の廃棄を促す規制や補助金の運用も有効なアプローチです。バスやトラックの走行量が多い都市部・幹線道路・工業地帯のある自治体では、運輸部門の脱炭素化による大気環境の改善や地域住民の健康増進といったメリットも期待できます。
産業部門の脱炭素化には、デジタル化や省エネによる取り組みに加えて、供給側の脱炭素化を踏まえた工場での電気・水素など非化石エネルギーの利用拡大が必要です。しかし、産業部門における非化石エネルギーの利用技術には開発・実証段階のものも多く、地域の取り組みを難しくしています。そのような中、2030年を見据えて期待されるのが、すでに商用段階にある産業用ヒートポンプや、インバータの改良などにより高効率化した電気加熱炉の導入拡大です。
●生産プロセス・イノベーションによる地域活性化
産業用ヒートポンプや電気加熱炉は、省エネ・CO2削減に加え、光熱費・人件費の削減、生産量の増加など、生産プロセス改善による生産性向上メリットが報告されています。食品・飲料、繊維・パルプ・紙、化学工業、窯業・土石、鉄鋼・非鉄金属、機械製造などの多様な製造業分野でこれらの導入事例があり、地域製造業の振興、さらには地域経済の活性化も期待されます。
●優良事例の広報活動
産業用ヒートポンプや電気加熱炉の生産性メリットには、金銭メリットの定量的な把握が難しく、製造業企業の理解向上や最適な投資判断を阻むことがあります(図3)。地域の製造業企業と連携しながら、省エネ・CO2削減と生産性向上メリットを両立している優良事例を蓄積・共有していくことも、地域での設備導入の後押しに繋がると考えられます。
今後も、我が国の自治体が需要側の取り組みを設計する際に有効活用してもらうことを目指し、地域の脱炭素化に向けた取り組みの調査を進めます。
2021年10月掲載