電力経済研究
電力経済研究」は電気事業、電力産業に関わる社会経済・制度問題を対象分野とし、課題指向型、問題解決型に関連した研究成果などを掲載し、学術の振興に寄与することを目的とした雑誌です。一時休刊ののち、2015年3月にリニューアル復刊しました。
電力経済研究
No.64(2017年3月)
特集「電力システム改革と再生可能エネルギー政策の整合性」
特集のねらい
固定価格買取制度(以下、FIT)が2012年7月から実施されて、5年が経過しようとしている。FITの最大の特徴は、太陽光発電(以下、PV)等の自然変動電源の出力を長期間・優遇価格で買い取ることで、安定的な投資環境を整備することである。自然変動電源は電力需要の変化に応じた出力の調整が困難であるが、FITではたとえ供給超過であってもPV等の出力抑制を極力避ける優先給電を保証している。わが国においても、FITのこれらの特徴により、PV導入量は累積3500万kWを超えた(2016年9月末時点)。これはFIT実施前と比べて7倍の増加であり、年間800万kw超をFIT実施後5年間にわたり継続した導入ペースは、世界的にも前例がない。
こうしたPVバブルとも呼ぶべき状況をうけて、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の効率的な中長期的導入を企図する改正FIT法が2017年4月から施行される。また、電力システム改革貫徹のための政策小委員会(以下、貫徹小委)では、今後の再エネの拡大に密接に関わるテーマとして、容量市場や非化石価値取引市場について議論された。いずれも、これまで一体的に取引されてきた電力量(kWh)の価値、発電容量(kW)の価値、非化石価値等を、電力システム改革の中で明示的に加味していく基本的な方向性は評価できる。
しかし、FIT 等による再エネ普及政策や、その背景にある温室効果ガス削減政策は、自由化された電力市場に対して(結果的に)政策介入となる。そこで欧米諸国では両者が整合性をもつように、様々な試行錯誤を行っているのが現状である。
本号では、電力システム改革と再エネ普及政策が並行して進められることで生じうる問題について、先行する諸外国についての理論と現実から得られる示唆をとりまとめるとともに、あるべき制度設計について論じている。
具体的には、貫徹小委で取り上げられた次の3点について論ずる。第1部は容量市場等によるkW 価値の顕在化と調整力の市場化である。前述した優遇価格・優先給電が保証されたFIT電源が大量導入されると、卸電力価格が下落する、いわゆるメリットオーダー効果が生ずる。同効果により、火力発電等の既存電源は発電電力量による収入だけでは、発電設備の固定費を回収できないリスクが高まる、いわゆるミッシングマネー問題が深刻化する結果、安定供給上必要となる電源ですら経済性が劣後する等の市場の歪みが生ずることになる。すなわち、FITは自由化された電力市場とは元来、不整合である。しかし、火力電源の収支がどの程度悪化する可能性があるのか、これまで定量的な分析はほとんどなかった。第1章(永井・岡田論文)では、わが国で長期エネルギー需給見通しの電源構成が実現すると仮定した場合、大半の火力電源が市場退出を迫られることを明らかにした。また、第2章(丸山論文)では、欧州委員会が2016年11月に提案した容量市場の導入基準や手続を定める欧州連合(EU)規則の改定案を事例として、卸電力市場での公正な競争の確保と、再エネ電源の支援やアデカシー確保のための容量の確保という課題との間でどのように整合性をはかるのか、とりわけ発電設備のCO2排出原単位に対する制約等のわが国への示唆を念頭に論じている。
続く第2部は、非化石価値取引市場による非化石価値の顕在化である。第3章(朝野・野口論文)と第4章(朝野・野口・谷論文)では、同市場を創設する目的の一つではFITの賦課金負担の軽減は、現在議論されている制度設計では達成が困難であると指摘する。需要家自らがゼロエミ価値を評価し費用負担することで、再エネが導入される制度設計を模索することこそが、電力システム改革と再エネ政策との整合性の観点から重要であることを両論文は明らかにしている。
そして、第3部は、送配電網の広域的利用ルールのあり方と費用回収問題を取り上げている。第5章(古澤・岡田論文)では、わが国の将来的な広域需給調整と再エネ大量導入のあり方を検討する際の示唆をとりまとめている。例えば、連系線活用の便益評価は参考になる一方で、再エネによる連系線潮流の変動も考慮する必要があるため、欧州においても早急に需給調整で広域的メリットオーダーを推進しているわけではないことを指摘している。また、第6章(古澤・岡田論文)は、いわゆるデススパイラル問題(配電設備の維持費用が減少せず、むしろ住宅用PVの大量導入による自家消費の増大等により系統需要量の減少が進むことで、料金収入の減少と系統需要の減少が連鎖的に生じる現象)への対応策を、北欧等の事例をもとに論じている。今後は、需要家側の分散型電源や電力貯蔵装置の活用に加え、配電事業者自らが、配電設備と電力貯蔵装置の最適な投資計画を検討することが重要になっている。
本特集では、十分に「整合性」の観点から、掘り下げられなかった点も多く残されている。しかし、2017年度の非化石価値取引市場の創設を皮切りに、容量市場等の各種市場の制度設計が進む中で、各種制度の実施前に「整合性」を検証し、解決の方向性を提示する試みとして、今後の詳細制度設計論争の一助になれば幸いである。
2017年3月
編集責任者
電力中央研究所 社会経済研究所
朝野 賢司