2019年1月25日
既報のとおり、北海道電力(株)が設置した「北海道胆振東部地震対応検証委員会」は、2018年12月21日に最終報告書を公表しました(注1)。同委員会に社外委員として任命され、同報告書の取りまとめに参画させて戴いたことは、私の研究者人生の中でも貴重かつ稀な機会となりました。北海道電力(株)の皆様ほか、ご関係各位に篤く御礼申し上げます。
検証の内容や委員会での議論の詳細などについては、報告書自体をご参照の上皆様にご評価を戴きたいと思いますが、ここでは同委員会の活動の中で感じたことをまとめておくことで、関係者への感謝の意としたく存じます。
○百聞は一見に如かず
委員会の議論とは別に、2018年11月7日に、厚真町内及び苫東厚真発電所の視察の機会を得ました。町中心部から北〜東方面の山間地の谷合の道路沿いに、左右両側の斜面が崩落している様が何kmにもわたって続き、崩れ落ちた土砂が至る所で道路を寸断し、家や自動車を圧し潰した様は、TV画面で見るよりもはるかに強い印象を受けました。個人的にとくに強い感慨を受けた風景は、一面の田畑にたわわに実を付けた稲穂がそのままに放置されていた様です。恐らく所有者の方も被災され、そちらの対応に手いっぱいで、この稲は収穫の喜びを得ることなくこのまま冬を迎えてしまうのかと思い、言葉を失いました。
苫東厚真発電所の被災状況は北海道電力(株)から発表(注2)されていますが、これも実物を見ることで、地震発生当時のインパクトを想像することができました。設備の延焼部分もそうですが、床面のグレーチングが大きく歪んでいるなど、地震のパワーの凄さを想起させるに余りある情景が残っていました。
委員会への参加にあたり、私以外の社外委員お二方を含めた全ての関係者が道在住の方々であり、私のみが土地勘を持たぬ門外漢でしたので、何としても現地を自分の眼で見ておく必要があると強く感じての視察でしたが、実際に出かけてみれば正に「百聞は一見に如かず」、以後の議論でも現地の情景を脳裏に浮かべながら参加させて戴いた次第です。
〇電力供給を守り抜く気概
心に重い記憶を残した現地視察でしたが、その一方で、北海道電力(株)各部署の従業員の皆さんの、お客様に良質の電気を届けたいという気概を改めて実感させて戴きました。
一つは、苫東厚真発電所で、当初予定よりも大幅前倒しで復旧し、送電を再開した(注3)こと。思えば、同発電所に従事する方々は周辺にお住まいの被災者であって、身の回りにもいろいろな状況が発生していたと想像されますが、それを後回しにして発電設備の復旧に全力であたられたことと想像した次第です。
いま一つは、厚真町被災地で、苫小牧支店配電部の方に伺った話です。道の両側で土砂崩れを起こし、配電設備が大きな被害を受けたのみならず、道路自体も至る所に損傷を受けている中で、手前から分け入って復旧作業を始めたところ、道の一番奥にお住まいの方が電力供給の復旧を心待ちにしているとのことで、その1軒に同日中に何としても電気を届けるべく、仮設の電柱を1日に26基設置したそうです。ご担当の方は当たり前のことをしただけとばかりに仰っていましたが・・・。
付言すれば、これは北海道電力(株)の方々に留まりません。隣接する東北電力(株)をはじめとして、全国の電力各社から、電源車などのハードに留まらず、東京電力グループからは東日本大震災後の電力供給支障時の経験やノウハウをお持ちの人員など、ソフト面も含めた迅速な応援派遣があり、それら全てに多大な助力を得たと伺いました。電力供給を守り抜く気概を電気事業者一丸となって共有し、支え合う姿勢がはっきりと伺えたことは、改めて心強く思いました(注4)。
〇改めて銘記したいこと
胆振東部地震及びブラックアウトに関しては、国が設置した検証委員会(注5)に加えて、北海道庁も検証委員会を設置しています(注6)。また、相次ぐ自然災害による供給支障を踏まえ、国が「電力システムのレジリエンス」を議論する場を設置した(注7)ほか、その議論を受けて電力広域的運営推進機関にも専門家会議(注8)が設けられました。これらの検証作業や議論を通じて、今回の北海道の事象から多くの教訓を得ていくことが望まれます。私自身が実感した範囲で、今後に向けて教訓を得ておくべき事項を、備忘録的に指摘しておきたいと思います。
当コラム「北海道電力検証委員会への参加について」(注9)で、今回の事象による経済的影響について言及しました。この点に関連して、今回のような甚大な被害を伴う異常事象においては、電力その他の市場取引にも大きな影響を及ぼすことを記憶しておきたいと思います。一般の財の取引もそうですが、卸電力や調整力その他の市場取引がリアルタイムかつ複雑に展開されている状況では、早期の復旧が重要となることは言うに及ばず、予め緊急時に備えた適切な対処を講じておく必要があるように思われます。
より根本的には、北海道などの地域社会、あるいは日本社会全体として、どの水準のレジリエンスを要求し、そのためにどれほどの費用を投じるべきか、という点を問わねばなりません。抜本的かつ大規模な対策を講じるほど、この最も本質的な点を避けては通れないはずです。それは電力システムだけに限らない、社会システム全体に通暁する問いであり、多くの関係者間で輻輳する利害を最適に調整する必要を伴うという、正に政治の役割です。そこでは、対策の具体を論じる段階になれば、当然ながら費用負担と配分、及びその徴収方式の議論を詰めなければなりません。大仰なようですが、日本がより成熟した社会になるための課題として、改めて認識したいと思った次第です。