2018年10月19日 |
各種報道のとおり、この度、北海道電力が設置した「北海道胆振東部地震対応検証委員会」(注1)に委員として参画させて戴くことになりました。既に10月15日(月)午後に第1回会合が開催され、出席してまいりました(注2)。今回の私の委員招聘については、リスクマネジメントや科学技術コミュニケーションなどの専門知見の反映を求められたものであり、設置の際に提示された検証課題のうち、主として「情報発信、関係機関との連携」及び「所要の再発防止策」を中心に、意見や提言を申し述べていく所存です。今回の地震及びそれに起因するブラックアウト・ブラックスタートに係る一連の事象とそれらへの対応に学び、(ブラックアウトほどの重篤な事態は二度とあってはならぬものではありますが)同様の事態が生じてしまったときにより適切な対応を執るために得られる限りの教訓を得ておくことは、極めて重要と考えます。付言すれば、研究者として、専門的な知見を提供し活用戴くことは根源的な社会的責務であると考えます。誠心誠意務めたいと思っています。
第1回会合の議論の内容などの詳細はひとまずおくとして、当委員会への参加にあたって私自身が思うところをまとめておきたいと思います。とくに、本件は2017年4月に当コラムに寄稿した「トランス・サイエンス」(注3)に係る実践の機会とも言えますので、まずは情報発信やコミュニケーションの面に注目します。
○事故・災害時調査の原体験:東海村JCO事故
私ども電中研・社会経済研究所は、1999年9月の東海村JCO臨界事故の直後に、東海村、とくに村上村長(当時)よりお声掛けを戴き、東海村が実施した「東海村住民意識調査」(注4)に参加し、村内の方々に訪問調査やアンケート調査を行い、事故後の時間経過につれて何がお困りであったか、どのような情報ニーズをお持ちであったかの分析を担当させて戴きました。私自身も現地に入り、インタビュー調査の一部を分担実施しました。その際の経験として、以下が強く印象に残っています。
施設近隣の方々を除き、日常生活への支障が約1日の自宅待機等に留まったJCO事故と、今回のブラックアウトとでは、状況も時期も異なる(とくに、情報インフラなど情報環境の相違は重視せねばならないと思います)とは言え、これらの経験にも照らしつつ、今回の検証作業から教訓を得ていきたいと思います。
○非常時のコミュニケーション
顕在化するかもしれないリスクについて、事前に当事者同士が議論し理解を深め合う「リスク・コミュニケーション」に対して、リスクが顕在化した結果発生した事故・災害状況での「クライシス・コミュニケーション」では、いろいろな違いがあります。私が参照するいくつかの文献(注6)を参考にしつつ、今回の検証作業では、以下のような点を重視したいと思っています。
○経済的影響
恐らくこの点は今回の検証作業の枠外ということになるとは思いますが、今回の停電により、北海道経済にどの程度の経済影響があったのかは、それだけで何かを決定するものではないとしても、確認しておくべき基礎情報の一つだと思います。
仮に、北海道経済の全面的麻痺が3ないし4日、つまり年間の1%持続したとします。北海道の総生産額(名目、平成27年度)は約19兆円(注7)ですので、その損害額を約2千億円と仮定しましょう。リスク論の考え方では、これに発生頻度(注8)を掛け算する必要があります。ここでは何の根拠もなく、100年に1度(1/100)と仮置きしてみます。すると、北海道経済としてのリスク値は20億円となります。ここでは数値が問題なのではなく、リスク論の論理による例示を試みたに過ぎない、と申し上げるに留めますが、何らかの考え方(注9)と適切なデータに基づいて数値を算出することができれば、同様の事態の再発を防止するために投じてよい金額の判断材料の一つになり得る、ということが言えると思います。
これはあくまでも大掴みのスナップショット的試算に過ぎませんが、個別の産業あるいは事業所において何があったかも、可能な限り記録保存されることが望ましいと思います。まだ寒くなる前だったこともあり、とくに農水畜産業(生産拠点だけでなく、小売りに至るサプライチェーンの各所)で、冷蔵・冷凍機能を喪失した結果としての損害は大きかった(注10)と想像します。何が起こったか、その損害を少しでも軽減するためにできることが無かったか。異なる季節や時間帯、たとえば真冬であればどのような対処が必要かつ適切か。これも、北海道としての課題として明記しておきたいと思います。
○事業継続計画について
これも本検証の対象範囲か否か微妙なところかも知れませんが、個人的にはこの機会に(独り北海道電力に留まらず、あらゆる主体で)企業・団体としての事業継続計画(Business Continuity Plan, BCP)についても一定の再チェックがなされるべきではないかと感じています。今回の北海道電力については、公共交通機関の乱れなど一部に支障はあったにせよ、札幌の本店機能に深刻な支障はなく、対策本部の設置と機能も比較的スムーズだったと伺っています。しかし、札幌直下が震源であったとすればどうなっていたか、事前にどのような策を取るべきかなど、思考実験の機会とすることは重要だと思います。情報発信拠点、それも人的なそれに留まらず、データサーバなどの情報インフラのあり方なども、必要な見直しを洗い出し、策を講じていってはどうか。
米国では、DiRT (Disaster Recovery Testing)なる試みが提唱され、既にGoogleなどの大企業が実践に取り組んでいます(注11)。事業の継続や社の存続を脅かす考え得る限りのシナリオを設定した上で、帰結として起こることを想定し、その発生や進展を防ぐ対策を編み出し講じていく試みです。これらの実践も参考にしてはどうかと思います。
検証委員会については、年内に最終報告書を公表する予定になっています。最終報告書の公表後に、改めて感想などを記してみたいと思います。