2017年8月7日
タイトルをご覧になって、ふざけているのかとお怒りの方がおられるかも知れません。世に「マンガで学ぶ○○」の類の書籍はたくさんあり、玉石混交なのが実情かと推察しております。最近読んだ同種の、いずれも米国の原著の和訳ですが、出色のものを2点(もしくは3点)ほどご紹介したく思います。
○Economix
「エコノミックス」(注1)は、ニューヨーク在住のフリーライターのグッドウィン著、バー作画による書です。経済学の主要学説の成り立ちを、米・欧の政治・経済・社会情勢の歴史的な流れを追いつつ紹介していきます。全311ページと大部で、いくらマンガとはいえすらすら一気読みというわけには参りませんが、さながら経済という名の大河ドラマを堪能することができます。
経済学の入門書は数多あれども、いずれも個別の理論体系や学説(たとえば、本書でもとくに紙数を割いて解説される、アダム・スミス「国富論」、ケインズのマクロ経済理論)に集中特化し、その詳細を解説するものが多いように感じられます。本書は、むしろ時代背景とその流れの中で、その当時の問題解決に必要とされた理論やモデルとそれらの応用が、次々にしかも必然的に登場し、脚光を浴びてきたこと、その多くはそれまで主流とされていた理論や学説を覆すものであるために、当初は苦難を負い、一世を風靡した後には新たな理論の登場の前に姿を消すことが、印象深く描かれます。
本書の大きな魅力の一つが、バーによるイラストです。とくに、ケインズやマルサス、リカード、マルクスやエンゲルス、レーニンやスターリン、さらにはルーズヴェルトからオバマに至る米国大統領の諸氏など、良く知られた容貌をその特徴を失わないままデフォルメする画力には、敬服の念さえ覚えます。マンガの力が、キャラクターの表情ひとつで、その施策が善意のものか悪意のものか、結果が良好だったか悲惨だったか、いろいろなことが読み取れる点にあることを痛感しました。
しかし何よりも、これだけの内容を体系立ったストーリーに組み立て、1冊の書に展開してみせるグッドウィンの知識と筆力には、もはや脱帽です。社会経済研究所長の言として些か軽率の誹りを免れないかもしれませんが、もしどなたかに「経済の入門書を1つ教えて」と問われれば、躊躇うことなく本書を推すと思います。
○Thing Explainer
分野もテイストも違いますが、「ホワット・イズ・ディス?」(注2)は、前著「ホワット・イフ」(注3)で注目を浴びた著者マンローの2作目、副題「むずかしいことをシンプルに言ってみた(Complicated Stuff in Simple Words)」のとおり、地球上の複雑怪奇な事物を、専門用語を使わず、小学生でも理解可能な日常言語(と、詳細なイラスト)で説明し尽くした本です。マンガというよりは「図鑑」と呼ぶべきでしょうか。大河ドラマである「エコノミックス」とは違い、どのページをいきなり開いてもその小宇宙を楽しむことができます。本書の最初に登場する宇宙ステーションは「宇宙シェアハウス」、スペースシャトルは「羽のある宇宙トラック」と説明されます。原子力発電所は、「重い金属から電気を作るビル(ヘビメタパワー)」という具合です。
私が個人的に印象に残ったページを挙げますと、まず「街を焼きはらうマシン」。これ、原子爆弾のことです。その構造や爆発のメカニズムを、冷徹に説明しています。第二次世界大戦末期に二度使用されたこと、各々大きな被害をもたらしたことも、明瞭かつ簡潔に述べています。ただ、説明文末尾に、『今にも次の戦争が起こるのではないかと、だれもが心配した。(中略)いま私たちはそれほど心配しておらず、ほとんどの人が、戦争が起こるとは思っていない。しかし、私たちはまだこのマシンを持っている。』という、なかなか考えさせてくれるまとめがあります。
もう一つは、「みんなが乗っかっている大きな平たい岩」。プレートテクトニクスから津波発生のメカニズムまで、自然の大きさを実感させてくれます。
この手の書を収集しようという意図はありませんが、他にも良書があれば読んでみたいと思いました。