社会経済研究所 コラム
2017年1月24日
"The Choir: Sing While You Work" に見る
成功体験の重要さ
社会経済研究所長 長野 浩司
私は、並外れたTV大好き人間です。暇さえあれば、とまでは申しませんが、とくにスポーツ全般からお笑いまでいろいろ観ています。真面目な報道やドラマの類は、ちょっと苦手なのですが…
年末年始の番組の中でもマイナーな、しかも再放送を取り上げるのは気が引けますが、ぜひご紹介したく思いますのが、NHK-BS1で年明けの平日深夜に放映された「ギャレス・マローンの職場で歌おう!(The Choir: Sing While You Work)」です。元は英国放送協会第2チャンネルBBC2で放映されたもので、2シリーズのうち、今回再放送されたのは第2シリーズ(注1) でした。
イギリスの合唱団指揮者Gareth Malone(注2)が、イギリスを代表する職場(官公庁や民間企業)(注3)を訪ね、団員オーディションに始まり、アイディアを尽くしたトレーニングを施して合唱団に育て上げ、さらには互いに競い合うコンテストを開催します。
全く経験のないメンバーを含む30名の団員を選抜し、発声の手ほどきからチームワークの醸成まで、Garethと団員が苦労を重ねつつも相互の信頼を築き上げ、合唱団として成長していきます。社内でのお披露目から審査員の前での試技、予選を経て決勝戦に至る数カ月を経て、見事なパフォーマンスと感動のフィナーレを迎えます。
また、その合間に、職場の風土やチームメンバーの人となりを知ろうとするGarethが、各々の職場見学を通じて、英国を代表するそれらの組織の特徴や、プロとしての厳しさ(注4)を学ぶ、社会科見学的な面白さも併せ持っています(注5)。
結末を明かすわけにはまいりませんので詳細は省きますが、最終的に優勝の栄冠を掴むチームは、活動のごく初期に、忘れ難いほどに劇的な成功体験を味わいます。
第1シリーズでは本社ビルでの社員向けお披露目(注6)、第2シリーズでは職場そばの有名景勝地での屋外練習。どの職場にも共通するのではないかと思うのですが、チームであれ個人であれ、早い段階で記憶に深く刻み込まれる成功体験を得る(注7)ことは、いつでもその記憶に立ち返ってさらなる成功のための教訓を得ることができる上に、さらに努力を続ける、失敗して挫けても再び立ち上がる、そのためのエネルギーと勇気の源泉になるように思うのです。
私どものような研究機関は、幸いにも、成功体験を得る機会にはかなり恵まれています。学会での口頭発表、現場をお訪ねしての共同研究の実施や得られた知見の反映と活用、主著の研究報告書や学術論文の完成と公表、さらにはそれらへのお褒めの言葉など。今年も、そのような機会を一人でも多く、一つでも多く、深く経験できるよう、後進の指導に努めたいと、改めて思った次第です。
再放送は1/19で終了しましたが、皆さんも機会あればご覧になってはいかがでしょうか。
- 注1:オリジナルは2013年に放映されました。以下を参照下さい。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03hhsyt
なお、2012年にBBC2で放映された第1シリーズもなかなか感動的です。以下を参照下さい。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b01mydf7
- 注2:http://www.garethmalone.com/about
- 注3:第2シリーズには、英仏海峡を結ぶフェリー会社P&O、Birmingham市役所、スーパーマーケットチェーンSainsbury’s、Cheshire州消防救助局、投資銀行Citiの5つの職場が登場します。ちなみに第1シリーズには、Lewisham病院、郵便事業者Royal Mail社Bristol支社、Manchester空港、Severn Trent水道局が登場しました。
- 注4:中でも過酷なものとして、Cheshire州消防救助局での救助訓練にGarethも参加し、高所の恐怖や火災現場での人命救助の厳しさを実体験する場面は、画面を通じて見ていてもなお心に響くものでした。
- 注5:この後に述べる今回の本旨とは別に、本シリーズのもう一つ別の楽しみ方をご紹介させて下さい。合唱団の中には、最初は引っ込み思案で目立たないものの、コンテストの後半以降、この人は歌うためにこそ生まれてきたのではないかと思える人物(男性もですが、とくに女性が印象的です)が現れます。団員との交流を通じて、Garethがそのような原石を見出し、磨き上げた結果、コンテスト後半の重要な場面で立派にソロを務め上げるなど、最上の輝きを放つ、いわば名も無き個人の成長譚としての楽しみ方です。私も一部門を預かる者として、そのような原石を見逃すことなく発掘し、励まし育て上げることに、改めて全力を注がねばと痛感させられました。
- 注6:優勝チームを特定してしまうことになりますが、一つだけ言わせて下さい。このパフォーマンスで取り上げられた曲は、イギリスを代表するロックミュージシャンであるQueenとDavid Bowieが1981年に共作した、歴史的な大ヒットナンバーでした。多種多様な曲を採り上げ、融通無碍なアレンジで、各合唱団の個性が浮き出るように歌わせるGarethの手腕も、このシリーズの見どころの一つです。QueenのボーカリストだったFreddie Mercuryは1991年に、そしてBowieは昨2016年1月に、各々死去しています。偉大なる功績を讃えつつ、冥福を祈りたいと思います。
- 注7:ではここで私自身の経験を…とお話しするのは、単なる自慢話になってしまうようで心苦しい限りですが、あくまでも例示ということでご容赦下さい。
私の悪い癖ですが、プレゼンの冒頭で必ず笑いを取ろうと試みます。1998年5月にカナダ・Banffでの国際学会でのプレゼンの際に、持参したノートPC(私は当時IBMブランドで製造販売されていたThinkPadを使用していましたが、会場を見渡すと、何故かNEC製のPCを使う人が多く、不思議に思っていました)をプロジェクタに接続しようとしたところ、うまく投影できませんでした。当時はプレゼンの際にPowerPointを使用する人もいれば、昔ながらのOHPを使用する人もおり、会場には両方の機材の用意がありました。私はOHPも用意していたので、慌てて取り出して準備をしつつ、咄嗟のアドリブで自虐的に”I was wondering why many of you in North America are using NEC, but now I know why. Mine is IBM.”とやって、会場から爆笑を得ました。当時会場に居合わせた同僚からも、後で絶賛されました。
もう一つ、私自身にとっての最大の経験であり財産となったのが、OECD傘下のエネルギー関連2機関であるIEA (International Energy Agency) とNEA (Nuclear Energy Agency) が共同で刊行した報告書「発電コスト予測2010年版」の作成のために設置された国際専門家会議に、縁あって参加させて戴いたところ、副議長を任命され、加えて計4回開催された専門家会合の第2回(2009年7月、パリ・IEA本部主会議場)では議長が欠席したため、私が2日間にわたる参加者30名弱の国際会議の議長を務めました。この役目を大過なく務め上げたことは、その後の自信の源になりました。この報告書は、事例の少ない電源別発電コスト評価の中でも、権威ある機関による引用可能な資料として、とくに発電事業への追加ないし新規投資を考慮する事業主体や政策当局にとって重要なものです。さらに、私ども研究部門からみれば、「割引現金収支法(Discounted Cash Flow Method)による均等化コスト(Levelized Unit Cost)算出」という発電コスト評価の伝統的手法の、恐らく現時点で入手可能な最良の教科書でもあります。1983年の初版以来改訂を重ね、1998年版、2005年版の後、シリーズ第7版にあたる2010年改訂版の後、現行最新版である2015年版が出ています。2005年版までは純粋な技術評価(電源間の標準的比較)でしたが、2010年版では制度的要因(炭素価格の導入、燃料価格の変動、割引率の変動)の明示的な反映が(とくに欧州諸国から)求められ、2015年版ではさらに卸電力市場の特質なども盛り込まれるなど、評価の複雑さを増すとともに、結果の解釈にも一層デリケートな取り扱いを要するものになっています。
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