電力中央研究所

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電気新聞テクノ ウオッチ

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電気事業と電力デリバティブ

連載第2回では、原子力発電や水力発電といったアウトライト電源の効果的なヘッジ戦略について紹介する。電力先物・先渡しのトレーディングを通じて、電源の持つ価値を安定的に収益化する手法を、実際の市場データを踏まえた具体的なヘッジ例を示して解説する。

第2回 アウトライト電源とヘッジコリドー

原子力・水力の戦略/売り積上げ、卸値を安定
市場取引において、原子力発電や水力発電はアウトライト電源と呼ばれ、ガス火力発電や石炭火力発電のスプレッド電源と区別される。前者は基本的に電力の売りのみを行い、後者は電力と燃料のスプレッド(価格差)の変化に応じて、売り買い両方を行う。

アウトライト電源のヘッジ戦略は、前回説明したように限界費用と電力価格の差が大きく、オプションとしてインザマネーの状態にあるので、その本源的価値を収益化するため、時間をかけて売りポジションを積み上げることを基本とする。時間をかけることで、スポット価格の不確実性に左右されない安定的な価格での卸売を目指す(なお、小売側のヘッジ戦略も、発電側のアウトライト電源と同じ考え方に基づいており、時間をかけて“買い”ポジションの積み上げを行う。ただし、ヘッジ目標量である小売需要が、小売競争により増減する点が異なる)。

図

スポット変動回避
図に、東京商品取引所(TOCOM)東京エリア・ベースロード2023年8月限の先物価格推移(上図)と、同月を対象とするアウトライト電源のヘッジ戦略の例(下図)を示す。本来、ヘッジの積み上げは、年度物など時間粒度の大きい商品から始まり、次第に四半期物、月物と細かくなるのが基本だが、日本市場では年度物の上場から日が浅く、十分なデータがないことから、月物での例示とする。

図の横軸は時間を表しており、上図の縦軸は電力価格、下図の縦軸はヘッジ比率を表している。この例では、点線で示すヘッジ戦略を実施することで、不確実なスポット価格(この例では事後的に12.95円/キロワット時となった)に対して、安定的な卸売価格32.16円/キロワット時を実現している。

ヘッジ戦略を実施するトレーダーは、ヘッジコリドーと呼ばれる左右の制約(曲)線に挟まれた範囲で、売りポジションを積み上げていく。その際、変動する先物価格に対して、なるべく有利な価格での取引を志向するインセンティブが与えられている。

ヘッジコリドーの左側の市場流動性制約は、その外の領域では市場の厚みが十分ではなく、適正価格で取引できない制約を表している。わが国では、毎年度後半に翌年度を対象とした相対卸交渉が始まるため、流動性が高い期間は短く、欧米に比べてこの制約は厳しい。ただし、現在資源エネルギー庁で議論されている小売の供給能力確保義務化に伴い、流動性が増して制約が大幅に緩む可能性がある。

ヘッジ戦略に制約
右側の曲線で表されているリスク許容度制約は、発電事業者の経営サイドからトレーダーに課される制約である。仮に、トレーダーが高く売る機会を待ち続けて全くヘッジを行わず、すべてスポット市場で売るとすると、大きな市場リスクにさらされることになる。リスク回避的な事業者は、そのような状況を回避したいと考え、早めのヘッジ積み上げを求めることになる。リスク許容度制約は、最低限のヘッジ比率を表す制約であり、事業者のリスク許容度によって決まる。

トレーダーが効果的なヘッジ戦略を実施するためには、各時点の先物価格が割高か割安かの判断が必要となる。そのひとつの判断材料がフォワードプレミアムである。フォワードプレミアムは、「先物価格」と「スポット価格の期待値」の差分で定義され、スポット市場のリスク引受の対価を表す。買い手(小売側)のヘッジニーズが高いとき、フォワードプレミアムは大きくなり、トレーダーは有利な価格で売りポジションを積み上げることが可能となる。

著者

遠藤 操/えんどう みさお
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員
2008年度入所。専門はエネルギーファイナンス。電子トレーディングやリスク分析の研究に従事。博士(工学)。

電気新聞 2025年9月8日掲載
電気新聞ウェブサイト 2025年10月10日掲載

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