産業用ヒートポンプは、高効率な電化技術であり、熱利用の脱炭素化に向けて大きな期待が寄せられている。本連載では、電力中央研究所、日本エレクトロヒートセンター、ヒートポンプ・蓄熱センターの3者で、全4回にわたって産業用ヒートポンプの導入状況やポテンシャルを紹介するとともに、普及障壁を解消するための施策について考察する。第1回では、産業用ヒートポンプに期待が寄せられている背景について解説する。
環境・経済性両立する実装技術/海外で商機、日本に優位性
ヒートポンプは、エアコンや給湯機などに何気なく利用されている技術であるが、エネルギー・環境・経済における役割は大きく、以下のような特徴を有する。
第一に、高効率な脱炭素化技術である。脱炭素化された電力でヒートポンプを駆動することで、熱利用を脱炭素化できる。グリーン水素を燃料とした燃焼も熱の脱炭素化技術であるが、それと比べて5分の1程度の消費電力量である。
第二に、現在から将来にわたって有効な技術である。ヒートポンプの技術成熟度は比較的高く、用途によっては現在でも実装できる段階にある。また、高効率であるため、完全に脱炭素化された電力でなく、現在の日本の電源構成であっても二酸化炭素(CO2)排出削減となる。化石燃料を用いた技術の高効率化も短期的には一定程度のCO2排出削減となるが、大幅なCO2排出削減や脱炭素化の局面で水素等への燃料転換を必要とする。これに対して、ヒートポンプは足元のCO2排出削減だけでなく、電源構成の改善によって連続的に脱炭素化につなげていくことができる。
第三に、エネルギーコストを削減できる技術である。省エネルギー技術であるため、エネルギーコストを削減しながらCO2排出削減が可能である。特に、産業部門におけるエネルギーコスト削減は産業競争力の強化にも繋がる。
エネ自給率を向上
第四に、エネルギー自給率を向上できる技術である。ヒートポンプは、設置した周囲の大気熱等をくみ上げて有効利用する技術であり、国産の熱エネルギーを供給する。しかし、現在の日本のエネルギー統計ではエネルギー自給率の算定に含まれていないため、その価値が「見える化」されていないという課題がある。
第五に、技術自給率および国際競争力が高い技術である。国内用ヒートポンプのほとんどを日本で製造している。海外企業に依存している太陽光パネルとは異なる。また、民生用ヒートポンプは海外にも展開しており、日本企業は高い競争力を有している。産業用ヒートポンプも今後の海外展開が期待される。
このように、ヒートポンプは、国際的にはカーボンニュートラル社会の実現に寄与するとともに、日本においてはエネルギー安全保障の確保と産業競争力の強化にも貢献する。
ヒートポンプが産業加熱(洗浄、殺菌、乾燥、蒸留、濃縮など)に利用されるようになったのは、日本では2000年代後半からである。欧州では2010年代半ば、北米や中国その他の地域では2020年頃からであり、これから本格的な普及が期待される。
各国で競争活発化
国際エネルギー機関(IEA)が21年5月に発表したネットゼロ排出シナリオでは、軽工業における400度未満の熱需要に対して、20年ではヒートポンプの割合はわずか0.4%であるところを、30年に15%、50年に32%を占めると試算している(図)。このためには、50年までの30年間で毎月500メガワット(加熱能力)の産業用ヒートポンプを導入する必要があると書かれている。現実はこのシナリオ通りに進むわけではないが、産業用ヒートポンプの市場ポテンシャルが大きいとの期待が高まり、ビジネスチャンスを狙った各国企業の動きが活発化している。
現在、産業用ヒートポンプは、日本メーカーは日本でのみ、欧州メーカーは欧州でのみ販売している段階である。しかし、近い将来、グローバル市場で競争していくことが予想される。日本メーカーがその競争で勝ち抜いていくためにも国内市場を発展させ、実績をつくっていくことが重要である。
電気新聞 2024年11月11日掲載
電気新聞ウェブサイト 2024年12月6日掲載