電力中央研究所

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NRRC研究紹介連載企画

地震PRAの高度化に向けて
第5回 建屋・地中構造物フラジリティ評価

本稿の主題は、建屋や地中構造物といった原子力発電所を構成する構造物のフラジリティ評価である。フラジリティ(直訳:壊れやすさ)という用語には馴染みのない向きも多いと思われるが、例えるなら天気予報をイメージするとよいかもしれない。何らかの災害に見舞われたときに構造物(我々の場合は発電所)が損傷する確率を予測するのである。災害の種類として特に地震に焦点を当てた場合、着目地点における揺れの大きさと構造物の損傷確率の関係を地震フラジリティと呼んでいる。一つ一つ異なる材料や形を持つ物を対象とし、しかもそれが地震で損傷する確率となると、大量生産品の故障確率のように実物の統計に基づくというわけにはいかない。したがって、構造物の地震フラジリティと言えば、計算機上に、材料の強度が想定より弱い、あるいは逆に強いなど、条件を少しずつ変えた多くの仮想のサンプルモデルを構築して地震に対する応答を求め、その結果を集めて評価するのが基本的な手続きになる。一方、その地震応答解析に供するモデルの動向に目を向けると、特に今世紀に入って、より精緻に挙動を再現できる非線形ソリッドモデルの設計実務への適用が進んできている。ソリッドモデルは、形状の簡略化を極力排除したありのままの再現を旨とし、柱、梁、壁や床といった部材全てをボリュームのある物体として扱う。非線形というのは見た目では表せないが、これを考慮することで、損傷の発生と進行を今やかなりの段階までシミュレートできるようになっている。

原子力リスク研究センター(NRRC)では、この非線形ソリッドモデルベースで鉄筋コンクリート構造物のフラジリティ評価を行えるプラットフォームを開発した。非線形ソリッドモデルは、形、材料をあるがままに考慮する代償として、準備・計算・後処理全ての工程において、解析者や計算機に大きな負荷が掛かる。更にフラジリティ評価の場合、前述のように多くのサンプルを構築、解析する必要があるため、これまで実務に適用可能なレベルでなかった。開発したプラットフォームは、並列計算の使用、工程の自動化などにより、これを現実的な労力と時間で実行できるように調整したものである。無論、対象や考慮する地震波形にも依るが、プロトタイプによる試評価では、基本ケースのモデルが作成できれば(これはまだ時間がかかる)、小規模のPCクラスタで十日間、電中研の大型計算機であれば一日という短時間でフラジリティを導出することに成功している。

この言うなれば構造物損傷予報は、正解が容易に分からないこともあって、精度的に十全な域に達しているとはまだ言いがたい。しかし、天気予報の精度が向上して、何気ない日常の意思決定に欠かせないツールになっているのを見るとき、地震の発生に合わせて、緊急的により安全な建物、安全なフロアへルート案内してくれるような未来もまた想像することができ、その実現に向けて研究を進めていく。

図

ソリッドモデルの例

著者

宮川 義範/みやがわ よしのり
電力中央研究所 原子力リスク研究センター 自然外部事象研究チーム 上席研究員

岩島 夏哉/いわしま なつや
電力中央研究所 原子力リスク研究センター 上席研究員

電気新聞 2021年9月2日掲載

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