電力中央研究所

一覧に戻る

旬刊 EP REPORT EWN(エネルギーワールド・ナウ) 

旬刊 EP REPORT EWN(第2179号)
マイクロソフト依存が顕著 CO2除去市場の岐路
主要国が市場形成策を模索

マイクロソフトがCO2除去(CDR)クレジットの新規購入を一時停止したとの報道が4月にあり、業界に波紋が広がった。同社はCDR調達を終えたわけではないと説明し、その後も5月にデンマークのバイオサーク、6月にインドのオルト・カーボンと契約を結んでいる。それでも報道が大きく受け止められたのは、1社の調達姿勢が市場心理を左右するほど、需要が少数の大口買い手に偏っているためだ。

その偏りは数字に表れる。CDRの契約データを集計するCDR.fyiによると、マイクロソフトは2025年の購入量の約87%を占めたとされる。26年1~3月期の契約量は約230万tと、同期間として過去最大で、その43%を同社が占めた。

一方、買い手の裾野にも広がりはある。同期間にはマイクロソフトを除く113社超が計130万tを契約した。5月以降航空のルフトハンザ、金融のトロント・ドミニオン銀行が相次ぎCDR契約を結んだ。さらに6月、グーグルやストライプなどが参加する共同購入枠組み「フロンティア」は、AI企業アンソロピックを迎え、将来のCDR購入に向けて資金を9億1500万ドル積み増すと発表した。

ただ、市場の厚みはなお十分ではない。CDRは、大企業の長期購入契約が供給企業の資金調達を支える初期市場である。大口買い手への依存は、この発展段階では避けにくい。

では、なぜ次の大口買い手が現れにくいのか。カーボン・ビジネス・カウンシルが5月に公表した調査は、その主因の一つとして政策不確実性を挙げる。調査は、ネットゼロ目標を掲げながら正式なCDR購入戦略を持たない英米独仏の大企業のサステナビリティ責任者25人を対象とした。企業側の懸念は明快だ。今購入したクレジットが、将来の報告・規制の枠組みで認められるか不透明、という点である。低水準でも最低購入要件があれば、安定した需要の見通しを生むとの回答も多い。企業は「環境によい」だけでは予算を付けにくく、開示・監査・将来規制との整合があって初めてCDRを調達しやすくなる。

需要シグナルを民間基準から作る動きもある。SBTi(科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ)は6月、27年2月から適用予定の「企業ネットゼロ基準2.0」を公表し、35年以降の継続排出責任の枠組みを示した。SBTiに目標認定を申請するかは企業の自主判断で、法的義務ではない。認定を受ける大企業や高所得国の一定規模以上の企業には、35年から、その時点でなお発生するScope 1~3排出量の少なくとも1%相当の適格な炭素除去を支援する将来要件を掲げる。その割合は、ネットゼロ目標年(遅くとも50年)までに100%へ直線的に引き上げる。ただし、この1%を含む35年以降の要件は例示的なもので、SBTiは次期改定で再検討するとしている。

もう一つの障壁は価格である。CDR.fyiとOPIS(エネルギー関連価格指標の算定機関)が5月に公表した調査によると、買い手の想定価格と供給者の必要価格の差は、前回調査の107ドル/tから98ドル/tへ縮小した。それでも30年時点で48ドル/t程度残る見通しで、取引が比較的活発なバイオ炭とBECCS(CO2回収貯留付バイオエネルギー)でも、30年にかけて価格差は広がると見込まれている。

供給側の課題は、需要と価格の見通しがなければ投資判断に進めないことに集約される。英発電大手ドラックスは2月、英国でのBECCS計画について4800万ポンドの減損を計上した。計画は撤回していないが、政府支援や制度整備が見通せるまで本格投資は先送りする構えだ。

図

主要国・地域のCDR市場形成策

主要国・地域は、需要創出策や、供給側の投資を支える収入支援、品質基準の整備を進めている(表)。カナダは24年10月、30年までに少なくとも1000万カナダドルのCDR購入方針を示し、今年3月に政府調達を始めた。ドイツは本年連邦予算で、CDR支援に複数年の支出枠を設けた。プロジェクト補助を軸に、政府によるCDR証書の購入も盛り込む。

スウェーデンはBECCS支援制度の逆オークションでストックホルム・エクセルギに200億クローナ超を付与した。同事業では、マイクロソフトが10年で500万t超の購入契約を結び、今年5月にストックホルム市が15年で75万tの購入を決定。政府補助、民間大口買い手、公的需要者を組み合わせた設計といえる。

英国は、差額決済(CfD)型の収入支援でCDR事業の収入安定化を図る。こうした政策環境の下、エネルギー事業者エヴェロは、5月末にBECCS計画の許可申請をした。

品質面では、EUが炭素除去認証制度CRCFの下で、2月に永続的除去の認証方法論を採択した。対象はDACCS(直接空気回収・貯留)、BECCS、バイオ炭による炭素除去である。ただし品質基準は供給側の信頼性を高めるだけで、それ自体が買い手を生むわけではない。市場を動かすには、認証と義務的需要の接続が必要である。欧州委員会は7月末までに、CDRを排出量取引制度で扱う可能性について報告する予定だ。認証された除去が排出量取引に組み込まれれば、品質基準は義務的需要にも裏打ちされる。

任意購入に頼る段階から、制度が需給を支える段階への移行がCDR市場の岐路となる。

著者

坂本 将吾/さかもと しょうご
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 兼 社会経済研究所 上席研究員

旬刊 EP REPORT 第2179号(2026年7月1日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

Copyright (C) Central Research Institute of Electric Power Industry