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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(331)
EUは気候変動対策に関する規制緩和をどこまで進めるのか?

欧州グリーンディールから競争力強化へ

欧州連合(EU)は、過去5年間、欧州グリーンディールの下、気候変動を最重要課題に位置づけた。しかし、これからの5年間は、「競争力の強化」を最優先に、「脱炭素化と競争力の共存」に取り組む方針である。

競争力強化の方針は、24年9月に欧州委員会が公表した報告書「欧州の競争力の将来」(通称ドラギ・レポート)で打ち出された。ドラギ・レポートは、EUの経済成長や産業競争力の停滞に警鐘を鳴らし、3つの変革(イノベーション、脱炭素と競争力の共存、安全保障の向上と対外依存度の低減)に取り組む必要性を主張した。

25年1月に欧州委員会が公表した文書「競争力の羅針盤」では、ドラギ・レポートを礎として、3つの変革に関する施策の全体像を示した。その中でも注目すべき点のひとつが「規制緩和」である。

前例のない規制緩和の始まり?

EUには「アキ・コミュノテール」という言葉がある。アキは「蓄積されたもの」、コミュノテールは「共同体の」という意味のフランス語で、10万ページを超える、EUの法体系の総称である。EUの歴史は、アキ・コミュノテールの発展の歴史でもあった。そのEUにおいて、史上初めて、「規制の簡素化」を担当する欧州委員(日本の大臣に相当)が設置され、「競争力の羅針盤」の中でも「前例のない簡素化」に取り組む方針が示された。欧州委員会は、25年2月に、規制緩和の第1弾を公表した。対象は、炭素国境調整メカニズム(CBAM)と企業のサステナビリティ報告である。

CBAMの対象となる事業者の縮小

CBAMは、炭素リーケージを防ぐために、EU域外からの輸入品に対して、域内と同様の炭素コストを課す仕組みだ。現行の仕組みでは、6つのセクター(セメント、電力、肥料、鉄鋼、アルミニウム、水素)を対象とし、輸入事業者に対して、製品の排出量に見合った証書の購入を義務付ける。現在は移行期間のため、対象製品の排出量の報告のみだが、26年以降は実際の証書の購入が始まる。

今回の提案は、年間の輸入量が50トン以下の事業者をCBAMの対象から除外するものだ。全体の約90%にあたる中小の輸入業者がCBAMの義務から外れる。ただし、欧州委員会は、排出量で見れば99%が対象内だと説明している。

企業のサステナビリティ報告の先延ばし

22年に制定された企業サステナビリティ報告指令(CSRD)では、EU域内の企業に対し、ESG関連の情報開示を義務付けた。気候変動関連では、排出量、気候リスク、移行計画などを報告する必要があり、25年(24会計年度分)から段階的に報告が開始される予定となっていた。

しかし今回、CSRDの対象を従業員が1千人以上の事業者に限定(全体の約80%にあたる中小企業を対象から除外)し、報告の要件の適用を26年から28年まで先延ばすこと等が提案された。

欧州委員会は、CBAMとサステナビリティ報告の規制緩和により、年間63億ユーロの手続きコストが削減できるとしている。

迅速な審議とさらなる規制緩和の可能性

実際の規制緩和は、欧州委員会の提案を欧州議会とEU理事会(EU加盟国の閣僚級会合)が審議し、三者の合意を経て、施行される。審議は迅速に進んでおり、サステナビリティ報告については、既に3月26日にEU理事会が、4月3日に欧州議会が、欧州委員会の提案を承認した。CBAMについても遠からず合意されるだろう。さらに4月1日、欧州委員会は、乗用車等の新車の排出基準を定めた規則の改正を提案した。この規則は、35年に新車の直接排出量をゼロにする(事実上ゼロエミッション車に限る)ことを目指したもので、CO2排出基準を設け、基準を満たすことができないメーカーに対して罰金を科すものだ。改正案では25~27年については、単年ではなく、3年間の平均で排出基準を満たすことを認める。この改正案は、産業界との対話を経て提案されたものであり、こちらも早期の施行が予想される。

CBAM、サステナビリティ報告、新車の排出基準のいずれも、欧州グリーンディールの一環として制定されたが、制定から時を経ずして、軌道修正がなされつつある。これまでのところ、規制の撤廃ではなく、あくまでも緩和にとどまっているが、規制緩和が今後どこまで進むのか、注目される。

著者

堀尾 健太/ほりお けんた
電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員
2018年度入所、専門は気候変動政策、原子力政策。

電気新聞 2025年4月23日掲載

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