24年11月、米国大統領選挙でトランプ前大統領が勝利し、上院・下院も共和党が多数派を獲得した。
トランプ氏は、バイデン政権の気候変動政策の撤回やパリ協定からの脱退といった公約を掲げた。これらは、米国だけでなく、世界全体の脱炭素の機運に少なからず影響すると思われるが、金融の脱炭素への影響はどうだろうか。本稿では、米国のESG(環境・社会・ガバナンス)投資の経緯と現状を解説した上で、金融の脱炭素の行方を考察する。
米国はESG投資の発祥地であり、その起源は20世紀初頭のキリスト教会による倫理的投資に遡る。以降、公民権、人種差別、反戦といった社会的課題を取り込みながら、発展していった。これは社会的責任投資と呼ばれ、特定の価値観に基づき、投資先を選定したり、企業へ影響力を行使するものである。
10年代には、ESG投資において、気候変動を考慮する動きが巻き起こった。契機の一つは、カリフォルニア州の公的年金基金である。同基金は13年、長期的な価値創造やリスク管理において考慮する項目の一つに、気候変動を加えた。また同州は、15年、公的年金基金による石炭採掘企業への投資を制限する法律を制定した。これらを根拠に同基金は、CO2排出が特に多い企業への圧力を強めるようになった。
長期投資家である年金基金には、温暖化の悪影響や脱炭素への移行による将来のリスクへ対処する動機が働く。加えて、州の気候政策の一環として、年金基金を利用する意図もあった。
一部の投資家の取り組みは他の投資家を巻き込み、脱炭素を掲げる金融の連合体へ発展していった。その際、大きな影響力を持ったのが、年金基金等から運用を受託する資産運用会社であった。これは運用資産の額が非常に大きいためである。中でも米国に本拠地を置く世界最大の資産運用会社は、気候変動への対処を受託者責任の一つに掲げ、投資先の企業へ脱炭素を迫った。同社の運用資産の総額は、世界の株式時価総額の十パーセント弱に相当する。
急速な金融の脱炭素に対し、共和党系の勢力は反発を強めた。
22年以降、共和党系の州は、脱炭素を掲げる金融の連合体や大手の資産運用会社に対し、反トラスト法違反を警告した。金融機関が投資先に脱炭素を迫ることが違反となるかは専門家の間でも見解が分かれるが、警告だけでも萎縮効果が働く。警告を受け、連合体からの脱退や自社の方針を修正する金融機関も現れた。
さらに24年11月には、共和党系11州が、トップ3の資産運用会社に対し、実際に反トラスト訴訟を提起した。3社は、米国内の石炭採掘企業に対し、CO2排出削減目標の設定などを要求していた。採掘企業にとってCO2排出削減は生産減と同義であり、不当な競争制限に該当するという論理である。
実際に訴訟が提起されたことで、米国の金融機関が脱炭素を掲げることのリスクが一段高まったと言える。
では、トランプ氏の勝利は、どこまで金融の脱炭素を後退させるだろうか。
まず、トランプ次期政権はESG投資への規制を強化すると見込まれる。想定されるのは、企業年金基金がリスクや収益に関係ないESG等の要因を考慮することの禁止、ESGを含む株主提案の制限につながる規則改正、気候関連情報開示規則の撤回などである。
ただ、これらが実行されても、金融の脱炭素への影響は限定的と見込まれる。リスクや収益と関連が明確であれば、脱炭素を含むESGを引き続き考慮できるためだ。実際、トランプ政権の第一期にも同様の政策が実行されたが、金融の取り組みはむしろ加速した。
反面、トランプ次期政権下の米国を起点に世界全体で脱炭素に向けた機運が後退すれば、金融の取り組みも大きく変わる可能性がある。パリ協定の1.5℃目標達成に紐づく取り組みが後退し、代わりに温暖化の悪影響による金融リスクへの備えを強化するかもしれない。
しかし、金融機関の長期的なリスク管理は、本来、短期的な政権交代の影響を受けるべきものではない。トランプ政権下でも取り組みを続ける金融機関が拠り所にできるものは何か。米国が直面している現状は、金融の脱炭素の試金石である。
電気新聞 2024年12月11日掲載