電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(319)
気候変動が将来の水資源に及ぼす影響は?

気象災害の発生件数と被害額は、増加の一途をたどっている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、今後数十年間は、これまで50年に1度しか発生しなかったような異常気象の頻度が増していくと指摘されている。実際、近年わが国では、毎年のように豪雨による洪水の被害が多発し、一部では水力発電設備が被害を受けるなど、気象災害の激甚化の傾向が実感されるようになった。一方で、世界的には渇水も危惧されており、日本もその影響が懸念されている。水力発電設備が気候変動から受ける影響(気候リスク)を評価し、それに基づいた設備対策や運用の見直しといった適応策の検討を行っていく必要がある。

気候変動と雨の降り方

気候変動による気温上昇は、降水の強度・頻度・形態(雨や雪など)に影響を及ぼすと考えられる。気象庁による気象観測データの分析では、日本における年積算降水量には長期の変化傾向は見られていない一方、豪雨や無降水の頻度はともに増加する傾向が見られている。このような長期変化は、気温上昇により、空気が蓄えることのできる水蒸気量が増加することに起因すると考えられる。水蒸気が飽和して雨になるまでの時間が伸びることで、無降水日が増加する一方、一度の降水で降る総量は増加することになる。さらに、気温上昇により、地表面からの蒸発量が増加し、地上で我々が使える水の量は相対的に減少していき、より水不足を引き起こしやすくなると考えられる。一方で、ダムの治水対策では、洪水流量の増加への対応も必要となる。加えて、冬季の降雪が減少し、降雨が増加することにより、春から初夏での積雪水資源が減少することも懸念されている。これらの重畳影響により、より深刻な水不足リスクへとエスカレートする可能性がある。

気候変動影響の地域性

加えて、気候変動に伴うこれらの変化には、既存の気候特性に応じた地域性も生じることに注意が必要である。水資源量は日本の多くの地点で減少すると予測される一方、九州の一部の地域では、増加すると予測されている。豪雨に関しては、西日本の太平洋側と東日本の日本海側、九州の西部での増加が大きい。高緯度・高標高域では水蒸気の増加にともなう大雪イベントが増加すると予測されている。同時に、冬季中の低気圧にともなう降雨事象も増加するため、豪雪地帯では雪上降雨時の融雪にともなう冬季洪水の発生も懸念される。気候変動下での水力発電ダムの運用を考えるには、個々の流域における気候変動影響を含む長期的な視点に基づき、最適な設備設計や運用計画の見直しといった適応策を取る必要がある。

水力発電ダムの気候リスク評価に向けた取り組み

電力中央研究所では、電気事業者の気候変動対策支援の観点から、科学的な情報に基づく最新の気候予測データを活用することで、水力発電ダム地点における河川流量の将来予測を行うための手法を開発している。降水から流量を算出する流況解析により、個別ダム・河川において洪水流量や水資源量の気候変動影響を把握することを可能にしている。日本の中部山岳地帯を対象とした河川流量の将来予測では、未曾有の洪水・渇水事象の発生に加えて、冬季洪水の増加、水資源量の低下、融雪出水期の前倒しといった変化が生じることが示されている。

適応策の検討に向けて

河川流量の変動が将来的に増加していくにつれ、水力発電ダムではより困難な運用を迫られるようになると考えられる。将来的な、水資源量低下や洪水発生率の高まりに適切に対応するには、流域全体の治水や利水を再現することが必要である。当所では、河川流量の将来予測シミュレーションに加えて、水力発電ダムにおける発電電力量や洪水操作の模擬が可能な水力発電ダム運用モデルの開発に力を入れている。このモデルを活用することで、電気事業者の目的に応じて、最適なルールカーブ(あらかじめ設定した年間の貯水位や貯留量を表す曲線。水力発電ダム運用時のベースとして、この曲線に基づき、取水などの運用作業が行われる。)を提案できるようになった。今後、河川流量の将来予測シミュレーションに結合することにより、気候変動下での水力発電ダムの最適運用、さらには長期的な増発電計画といった適応策策定を支援していくための技術基盤を構築していく。

著者

大庭 雅道/おおば まさみち
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
2009年度入所、専門は気候変動、再エネ、博士(理学)。

電気新聞 2024年10月23日掲載

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