電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(318)
サステナブルな水力発電はネイチャーポジティブを推進するか?

水力発電は、雨が多く急峻な地形を持つ日本の風土に合った純国産の再生可能エネルギーである。最近のカーボンニュートラルや、生物多様性の回復を通して人類の社会・経済活動の基盤を守る「ネイチャーポジティブ」推進の世界的潮流を受けて、水力発電の価値は再認識されつつある。歴史があるため技術的に完成された発電方法と考えられがちだが、将来的な期待に応えていくためには更なる技術開発が求められている。

貯水池堆砂問題

期待とは裏腹に、水力発電では貯水池の堆砂が問題となっている。堆砂が進行すると、貯水容量の減少や取水・放流機能の低下、貯水池上流部の浸水リスクの増加が懸念される。そのため、水力発電をサステナブルに利用するためには堆砂対策が欠かせない。貯水池堆砂は世界でもエネルギーインフラ維持のための課題となっており、世界銀行が貯水池の堆砂対策に関するレポートを発刊しているほどである。堆砂対策として従来行われてきたのは、貯水池から堆積土砂を浚渫して取り出すことである。浚渫土砂は、置き土と言ってダムの下流に再設置して川に戻す場合が増えてきている。また、ダムに設置した土砂ゲートを使い堆積した土砂を下流に出す排砂運用や、出水時に上流から流入した土砂を通過させて貯水池堆砂を防ぐ通砂運用、さらに土砂バイパスによって土砂を下流に出すバイパス運用なども行われている。このように堆砂対策は貯めるから流すに移りつつある。

堆砂対策の生態系復元効果

堆砂対策により土砂がダム下流に出されると、環境や生態系に好ましくない影響が及ぶのではないかと心配する声もある。しかし、生態学的視点では、土砂が止められていることの方が生態系には望ましくない。川の生き物の生息場所は水と土砂の自然な流れによって形成されており、土砂不足は生物多様性の喪失につながる。また、川から海への土砂供給の減少は、海岸線の後退を引き起こして国土消失をもたらすだけでなく、河口や干潟、沿岸海域の生態系にも悪影響を及ぼすと考えられている。実際、置き土やバイパス運用、通砂運用等の堆砂対策により土砂供給が行われると、姿を消していた生物種が復活して河川の生物多様性が高まることが報告されている。また、河川からの土砂供給が、河口海域の生物群集の多様性維持に重要であることも示されている。つまり、堆砂対策による土砂還元は生態系の復元につながる。

ネイチャーポジティブと水力発電

近年注目されているネイチャーポジティブという新概念は、開発行為の対立命題として成立した既存の保全活動とは異なる。それは、経済活動によってすでに失われた生物多様性および生態系機能を復元することで、サステナブルな社会経済システムを構築することを主目的としながら、その活動によるビジネスチャンスの拡大を視野に入れているという点である。ネイチャーポジティブの導入は世界的な潮流となっており、日本でも昨年閣議決定された環境白書で提唱されている。再生可能エネルギーである水力発電はカーボンニュートラルと親和性が高く、長寿命化のための堆砂対策はネイチャーポジティブを推進するものと期待される。そのため、水力発電は、人類にとって気候変動対策や生態系復元の強力なツールになるポテンシャルを有している。このポテンシャルを上手く引き出すことで、水力発電の付加価値を高め、投資家や需要家への働きかけによってビジネスチャンスにつなげることも十分可能である。

ダムの個性を活かす技術

ダムには流域・水系における位置や型式等により様々な個性があり、国が進める流域総合水管理、そして堆砂対策はその個性を考慮する必要がある。水と土砂のバランスを適正に保つことを目標に、水系全体を見ながら、どのダムで、どの位の土砂量を下流に出していくのが望ましいか、丁寧に評価していくことが肝要である。そして、①生態系健全性評価、②流域スケールの土砂輸送堆積モデル、③気候変動影響下の流況予測の3つがダムの個性を活かすために必要なコア技術となる。電力中央研究所では、生態学・水理学・水文学等の多様な専門分野の研究者が協力して当該技術の高度化を進めており、サステナブルな水力発電の実現に貢献していきたい。

著者

中野 大助/なかの だいすけ
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
2007年度入所、専門は陸水生態学、応用生態工学、博士(農学)。

電気新聞 2024年10月9日掲載

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