電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(313)
AI導入に向けたモデル生成のための画像データをどのように拡充するか?

インフラにAIが導入され、様々な分野で実利用が進んでいる。電気事業の種々の業務においても活用が進み、保守業務へのAI導入による省力化への期待も大きい。一部では、実導入も進んでおり、特に、比較的容易にデータが取得できるようになってきた画像を使ってのAI導入に対する期待が高まっている。一方で、AI導入の際には、各業務に適したモデルを生成する必要があり、例えば保守業務の場合には、検出目的に応じた学習用画像データが必要になる。そこで本稿では、モデルを生成するための画像データを拡充する手法について述べてみたい。

画像データの収集

保守業務における異常事象の証拠画像を、AI利用を想定して保存するようになったのは、ここ数年と思われる。しかし、実際の業務で画像データを収集しようとすると、異常事象自体が稀なため、画像データがないことが多い。模擬的に、画像データを作成しようとしても、例えば、架空地線の溶痕などについて、それを模擬した画像の作成は困難である。そこで、AI利用には性能が劣るが、画像処理技術の援用という選択肢も浮上する。これは、AI利用のための前処理としても有用であることから、画像データ入手のための一つの重要な手段となり得る。

協力者とともに画像データを拡充

送配電網協議会の送電部門では、各社で収集した地線の異常データを共有することで、画像データの拡充を図る取り組みを行っている。このような取り組みは、国が主体となって整備しなければ実現は困難と思われるが、参加社の協力によるこうした実際の異常データの拡充は、理想的な方法といえる。

協力者不在の場合の画像データ拡充

しかし、他社と協力して画像データを拡充できる事例はあまりなく、現実には、AI利用者が工夫して画像データを拡充していることが多い。以下では、協力者不在の場合の画像データ拡充の取り組みについて述べる。画像データ拡充には、(1)画像データそのものを仮想的に増やす方法と、(2)少ない画像データでも一定の性能が出るように学習方法を工夫する方法の2通りがある。

(1) の画像データの拡充は、主に以下の3つのカテゴリーに分類できる。一つ目は画素値の操作である。画像中で適当な領域を消して、適当な色を付加したり、ノイズを加算したりすることにより、新たな画像を作成する。消す領域は、矩形の場合や物体の境界などとなる。二つ目は、全体の色合いを変えることで画像の種類を増やす方法である。 例えば、画素値を適当に増減させたり、反転させたり、カラー画像からグレー階調の画像を作成して画像を増やす。三つ目は、生成AIを利用して、似た画像データを生成して画像を増やす方法である。

(2)の学習方法自体の工夫は、こちらも、おおよそ3つのカテゴリーに分類できる。一つ目は、大量の画像データを用いて作成したモデルを流用し、独自の画像データを追加して学習する方法であり、転移学習と呼ばれる。二つ目は、独自画像データを小領域(マス目など)に分割し、分割した画像を組み合わせて学習させ、組み合わせ方を学習する方法であり、対照学習と呼ばれる。三つ目は、深層学習の言語分野で開発された手法を、画像でも使えるようにしたもので、例えば、脱字があっても類推できることを模擬させて、画像の複数の領域を無くして学習させることによって、元の画像を予測するものであり、マスク画像モデリングと呼ばれる。

電力中央研究所が先行研究を調査したところ、(1)と(2)の取り組みを組み合わせることで、小規模な学習データを用いた場合でも85%程度の正答率が得られていることがわかった。当初、100万オーダの学習データが必要と認識されていたが、徐々に緩和されつつあり、この分野はさらに進展が予想される。

異常検出の有効性の検証が必要

AI研究は、物の識別を対象としているが、異常検出は、電線の溶痕や、傷など、周囲の正常な見え方と比較した結果の違いに基づき異常と判定しているため、具体的な形状や色が定義できない点で、既存の研究と異なる面がある。そこで、検出性能を十分検証する必要がある。また、オシロスコープの波形のグラフ画像から、異常を判定する場合でも、同じ議論が成立するため、そのような分野への適用も期待したい。

著者

石野 隆一/いしの りゅういち
電力中央研究所 グリッドイノベーション研究本部 上席研究員
1991年度入所、専門は画像処理。

電気新聞 2024年7月24日掲載

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