産業部門の脱炭素化を進めるうえで、熱利用に伴うCO2排出量の削減策を検討する必要がある。200℃以下の加熱プロセスについては産業用ヒートポンプへの転換が期待されているが、高い初期費用、限定的な供給温度帯や加熱能力、加熱プロセスとヒートポンプの両方の知見を有するインテグレーターの不足など、産業用ヒートポンプ市場の拡大を阻む要因が存在する。
米国では、産業用ヒートポンプが国内市場でほとんど扱われていない状況を打破すべく、国内サプライチェーン強化に向けた支援策を講じている。本稿では、米国でのメーカーやインテグレーターを対象とした支援策について概観する。
1点目の支援策は、「国防生産法」によるヒートポンプ製造支援である。国防生産法は、エネルギーを含む国家安全保障に係るニーズを満たすために、国内産業による製品・サービスの供給を強化する際に用いられる。バイデン大統領は2022年6月、国防生産法を活用して、ヒートポンプを含む5つのエネルギー技術の国内生産を加速する権限をエネルギー省に付与した。
同省は翌年11月、民生用・産業用のヒートポンプやコンプレッサーなど、主要部品の製造支援の第1ラウンドとして9件を採択した。産業用ヒートポンプの製造支援として、アームストロング・インターナショナル社による工場新設事業への約500万ドル(7.5億円)の支援が含まれた。メーカーを支援することで、産業用を含むヒートポンプの供給体制の整備を狙う。
2点目は「産業実証プログラム」である。エネルギー省は2024年3月、鉄鋼・化学などのエネルギー多消費型産業や、蒸気など業種横断的に利用される熱の脱炭素化技術として、33件の支援を決定した。産業用の蒸気発生ヒートポンプを用いた技術として、スカイベン・テクノロジーズ社による、業種横断的な展開が容易な熱利用最適化ソリューションに対して、最大1.45億ドル(218億円)が支援される。
当プログラムの狙いは、技術開発や試験ではなく、商業運用を支援することにある。申請者は、提案技術が実運用環境での試験を完了していることや、事業終了時に実工場での商業運用を達成することが求められる。
3点目の「オンサイト・エネルギー技術支援パートナーシップ」は、産業施設を含む大規模なエネルギー消費施設に対して、産業用ヒートポンプを含む脱炭素化技術オプションの特定と導入支援を担う団体を選定する。
エネルギー省は2023年7月、米国内の大学6件、民間企業2件、非営利研究機関1件を選定し、最大2300万ドル(35億円)の資金提供を発表した。地域の大学等を巻き込みながら、加熱プロセスとヒートポンプを含む脱炭素化技術の両方の知見を有するインテグレーターの育成・充実化を図る。
図 米国における国内サプライチェーン強化に向けた取組
Hoffmeister, et al. (2023) Industrial Heat Pump Market Transformation等を元に筆者作成
わが国では、令和5年度補正予算において省エネ補助金に「電化・脱炭素転換型」が新設される等、エンドユーザー向け支援策が講じられてきた。
その一方で、国内サプライチェーンを支えるメーカーやインテグレーターへの支援策は限定的である。特に、2点目に取り上げた産業用ヒートポンプ最新技術の商業運用支援や、3点目のインテグレーター育成・充実化に向けた大学や専門家への支援は、わが国においても産業用ヒートポンプ国内市場の拡大や、国際的な技術競争力の維持・強化に向けて有益である。
電気新聞 2024年5月1日掲載