電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(303)
現在の放射線防護体系における課題とは?-放射線個人感受性と公衆の理解-

現在の放射線防護体系の課題に関する連載の最終回として、本稿では、国際放射線防護委員会(ICRP)の次期主勧告策定に向けた重要論点である「放射線個人感受性」、および「公衆の理解(コミュニケーション)」について、その概要と2023年に開催されたICRPシンポジウムでの検討内容を中心に紹介する。

放射線個人感受性

放射線がん治療等において、高線量・高線量率放射線を被ばくした後に生じる副作用には個人差があることがよく知られている。この要因として、性、年齢、生活様式(喫煙、飲酒、肥満など)、環境、遺伝などが考えられる。ICRPは、放射線個人感受性に関する現在の科学的知見をレビューすることを目的としたタスクグループ(TG)111に加え、現在の放射線防護体系に含まれている「個別化」・「階層化」の要素を検証し、その更なる促進が個人の放射線防護の改善に資するかを検討するTG128を新設した。

シンポジウムでは、CT撮影やがん治療における被ばく時年齢と性別によるリスクの違いを反映した、患者個人の放射線デトリメント(放射線の損害を表す指標)を表す新たな指標を設定する必要性や、個人の体格に応じた臓器・組織線量を推定して用いることの重要性等が示された。また、個人の生涯発がんリスクを推定するにあたり、喫煙等を含む既知のリスク修飾要因に加え、個人特有の未知の修飾要因が推定を困難あるいは不可能にする場合が生じ得ることも指摘された。TG128では、年齢、性別や個人の臓器・組織線量を考慮した実効線量を用い、個人の生涯発がんリスクを推定することの適切性等について検討を行っている。

放射線作業者の防護を考えた場合、個人のリスク推定は管理の煩雑化に繋がるため、その必要性についてもTG128で議論される予定である。電力中央研究所では、議論に対する先行的な取り組みとして、複数のヒト培養細胞株を用い、放射線感受性の線量率による違いを検討した。その結果、線量率に応じて細胞株毎に感受性が異なること、低線量率照射では細胞株間の感受性の差が生じないことを明らかにし、シンポジウムで発表した。現在、線量率による感受性個人差の原因となる遺伝子の解析を進めている。

公衆の理解

シンポジウムでは、コミュニケーションの具体的事例が紹介された。ブリストル(英国)のSizewell C原子力発電所建設における成功事例として、職業や立場が異なるすべてのステークホルダー(利害関係者)を同定し、対話を通じてニーズを明確化することの重要性が示された。地域コミュニティーにおいて、最初は放射線に対する関心が最も高かったが、対話を通じた理解促進に従い、建設による環境や野生動物への影響に関する関心の方が高くなった。コミュニケーションでは、ICRP、アカデミア、専門家に加え、コミュニケーションスペシャリストが必要であり、一体となって取り組むことが求められる。また、事故等が発生した場合に、放射線が常に最も危険な要因であるとは限らないため、あらゆるハザードを対象とするオールハザードアプローチを実践することの必要性も示された。

2022年にバンクーバー(カナダ)で行われた前回のシンポジウムでは、次期主勧告の「平易さ」を求める意見が、海外の事業者や発展途上国からの参加者より挙がった。2007年勧告は専門家にとっても複雑であり、公衆との対話には利用できないことに加え、多言語への翻訳の支障にもなっている。

次期主勧告には、公衆が読んでも理解できる「平易さ」に加え、科学的根拠の更なる明確化や判断の透明性も求めたい。

次期主勧告策定の今後の議論に向けて

ICRP次期主勧告は2030年代前半の公開が予定されており、その主要構成要素の検討が進んでいる。今回のシンポジウムには、59か国から700名以上が参加し、国際的な関心の高さが示された。本5回の連載にて、シンポジウムにおける重要論点の一部を紹介したが、今後のより本質的かつ実践的な議論に向けて、ICRPからの日本の事業者・研究者への期待は大きい。今後さらに約15のTGが設置予定となっている。次回のシンポジウムは、2025年にアブダビ(UAE)にて開催予定である。当所は、引き続き科学的知見や実務に係る研究成果について意見発信を行っていく。

著者

冨田 雅典/とみた まさのり
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
2005年度入所、専門は放射線生物物理学、博士(医学)。

電気新聞 2024年2月28日掲載

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