わが国の脱炭素化に向けては、国として明確な方針を定めることが不可欠である一方、気候等の地域特性に応じた取組が重要である点や、地方創生等の観点から、地域の役割が期待されている。
2021年に策定された「地域脱炭素ロードマップ」では、100箇所以上の脱炭素先行地域を指定し、2025年度までに地域特性等に応じた先行的な取組実施の道筋をつけるとされている。地域課題の解決を重視する電力会社にとっても、自治体等と連携し、地域の脱炭素化に取り組む事業(以下、地域脱炭素化事業)の重要性は増している。
地域脱炭素化事業では、消費者等の需要家を巻き込み、電化・省エネ設備や再生可能エネ、蓄電池等の導入を促すことが重要である。ただし、一般の消費者にとって、脱炭素化に対する関心はそれほど高くないことも想定される。環境性の観点から見た無関心層は、市場としての潜在的な規模は大きいものの、その行動変容を促すことは容易ではない。
脱炭素化に向けて消費者の行動を促すのに必要なポイントを、以下では2つの観点から考察してみる。
省エネ設備導入等に関する消費者の行動を促すには、経済性、レジリエンス、快適性等の様々な便益を、環境性と合わせて訴求することが鍵となる。例えば、太陽光発電設備を備え、断熱性等の省エネ性能が高いZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)は、蓄電池を保有することも多い。その結果、CO2排出量が少ないといった環境性の他に、日々の電気代が抑えられるといった経済性や、停電時のレジリエンスが高いといった便益、冬季にも室内温度が保たれ快適・健康に過ごせる等の多面的な便益があるとされる。この場合、環境性以外の多面的な便益を訴求することで、結果的に脱炭素に資する設備が普及していくといった展開が考えられる。
また、消費者の関心は多様であり、脱炭素化への関心が低い無関心層も一様ではない可能性がある。例えば、イェール大学が2008年から継続的に地球温暖化に対する米国人の意識を調査した事例では、地球温暖化に関心のある層以外に、情報収集に時間をかけず、関心も低い層や、懐疑的な意識を強い信念で持っている層等がいるとされる。関心が高い層が近年若干増える傾向もあるものの、懐疑的な層も常に一定比率存在している。
こうした事例も参考に、わが国の消費者に対する有効なセグメンテーションを明らかにするのは重要である。環境性の面から見れば関心の低い層も、年齢層や所得、ライフスタイルや居住地域、気候変動問題やエネルギー設備、サービスへの関心等の違いにより、複数のセグメントに分解して特徴を理解できる可能性がある。また、セグメントごとに訴求すべき便益が異なるといった場合もあるだろう。消費者の多様性を理解することで、効果的な訴求が可能になると考えられる。
消費者についてのこうした知見は、自治体等と連携した地域脱炭素化事業に活用していくことが期待される。特に、電力会社が事業の中で活用し、無関心層も含めた広い消費者層に様々なエネルギーサービスを訴求できれば、市場拡大につながる可能性がある。地域脱炭素化事業は収益化につながりにくいのが現状だが、市場拡大により収益源を確保できれば、補助に依存しない自律的な取組にできる可能性がある。
消費者の多様性を理解し、訴求すべき便益を明らかにするには、データに基づいた科学的な知見を蓄積していく必要がある。消費者に対する調査を行う場合、対象者に便益についての具体的なイメージを提示した上で関心を尋ねることや、分析において地域性を考慮すること等が重要となる。便益についての分析知見も不可欠であり、例えば電力中央研究所では、実際に停電時に感じる不便さが、ZEH居住者で軽減されていること等を統計的に明らかにした事例がある(当所・電力経済研究69号掲載論文より)。客観的な分析から消費者の理解を進め、多面的な便益の訴求方法を地域脱炭素化事業に実装していくことが重要である。
電気新聞 2023年8月9日掲載