電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(286)
アセットマネジメント技術は日本の電力流通設備高経年化問題を解決するか?

電力流通設備のアセットマネジメント

本欄第213回(2020年8月5日掲載)にて、設備の高経年化問題への対応策としてアセットマネジメント技術導入検討の動きを紹介した。その後日本では2021年末に、OCCTO(電力広域的運営推進機関)による「高経年化設備更新ガイドライン」リリースという大きな動きがあり、一般送配電事業者は主要設備を対象に、本ガイドライン記載手法による個々のリスク量把握と、高経年化進行に伴う総リスク量の増加を抑える設備更新計画の策定が求められるようになった。これは英国Ofgem(電力・ガス市場局)がDNO(配電事業者、管轄は132kV以下)向けに規定している設備リスク評価手法CNAIM(Common Network Asset Indices Methodology)を手本に構築されたもので、アセットマネジメント技術の一部が日本の流通設備の維持・管理に本格導入されたと言える。

リスク量算出方法

ここで言う「リスク量」とは、評価対象設備の故障によって生じる損失の統計的期待値である。当該設備の経年、点検・診断結果、使用環境等を反映して求める「1年あたりの故障率」と、故障が発生した場合に想定される各種損失(円換算)の和として求める「故障影響度」を積算して算出する。これらの値を具体的に求める方法はCNAIMに倣いつつ、日本の実情に合わせたパラメータ設定などが行われているが、必ずしも実データが十分ではない中で決められた部分があり、今後のデータ収集等による継続的改善が提言されている。

故障率経年増加特性の把握

高経年化によるリスク量増加をより精度良く評価し、設備更新計画の合理化を進めるためには、故障率算出に用いる各種パラメータの最適化が求められる。そのためには経年進行による設備の劣化実態と故障率増加特性を精度良く把握せねばならない。しかしながら一般に何十年もの運用期間が期待される電力流通設備に対し、故障発生に至る経年の分布を把握する目的での耐久試験実施は現実的ではない。そのため、実フィールドで長期間運用された設備に対する調査結果を活用する必要がある。架空送電線や地中ケーブルなど撤去後の残存性能試験が可能な設備については、故障モードに応じた特性値(引張強度や絶縁破壊電圧値)を多数のサンプルから取得し、その経年に対する分布を統計解析することで、所要性能を下回って故障に至る経年の確率分布が得られ、故障率経年特性を評価することができる。一方、設備が大型であったり、故障モードが多数・複雑であったりする場合、撤去後の残存性能試験による評価は難しい。その場合は実フィールドでの運用実績、すなわち稼働している設備数と故障した設備数それぞれの経年分布から、各経年での故障率(瞬間故障率)の近似値を求め、その経年変化特性を統計解析する方法が利用できる。ただしこの場合は、通常運用条件下での故障発生有無という情報しか利用できないため、設備数に応じた故障顕在化のばらつきを考慮する必要がある。さらに、実フィールドでは一般に予防保全的更新により供給信頼度を高める運用が行われているため、顕在化した故障実績だけを用いると故障率を過小評価してしまう可能性が高い。運用実績として予防保全的更新実績とその理由を合わせて調査し、故障実績に合算する工夫が必要である。

継続的なデータ収集・分析

撤去設備の残存性能試験結果や実フィールドでの運用実績から経年に対する故障率増加特性を統計的に解析する場合、調査対象設備の平均的な特性を得ることになる。何らかの要因で明らかに特性の異なるグループ分けが可能な場合は、あらかじめデータをグループ分けして解析すべきであるが、統計的な解析にはある程度のサンプル数が必要である。また実フィールドでの故障実績は設備の高信頼性から、短期間の調査では十分には集まらない。さらに設備の製造技術等の向上で故障特性が変わっていく可能性もある。以上のことから設備の劣化実態を把握するための調査にはゴールの設定は難しく、将来にわたり全国大での継続的なデータ収集とその分析を行っていく必要がある。アセットマネジメント技術の方法論に関する議論にはこれまでに一定の進歩が見られるが、設備高経年化問題の解決には、それを活かすためのデータ収集が一番のポイントとなる。

著者

高橋 紹大/たかはし つぐひろ
電力中央研究所 グリッドイノベーション研究本部 副研究参事
1996年度入所、専門は高電圧工学・絶縁診断、博士(工学)。

電気新聞 2023年6月28日掲載

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