社会は、人が他と相互に交流・協力することで形成される。災厄への対応はその社会の姿を映しやすい。リスクコミュニケーションは、多くの人が望ましくない結果を避け、大切にしたいものを得られるように、リスクの範囲と対策を、関係者で共に考えるところに合理性を見出す学際的なアプローチである。
だがリスクコミュニケーションが注目を浴びるのは、何かことが起こった場合がほとんどであり、後手にまわりやすい。
コロナ禍では、健康だけではなく生活も満たされた幸福な状態(ウェルビーイング)を守るため、必要な判断材料をどう得てどう行動するかという点で、個々人がリスク管理を体験した。リスクに対して、人々は受け身だけの存在ではなかった。共に考える新たなツールとしてSNSの活用が進むと同時に、不確かな情報が引き起こす二次被害をインフォデミックという新しい言葉で世界保健機関(WHO)が警鐘したように、情報を読み解く力(リテラシー)の大切さも認識された。ファクトチェックも必要となる。
他方、ALPS処理水放出の問題では、経済メカニズムと消費行動で生じた実質的な経済損失を「風評被害」と呼ぶことで、リスクの捉え方によって社会の中に知識や意識の分断があるかのような印象を強めてしまった。社会全体での議論を避け、消費者に責任の一端を負わせることで、かえって解消し難いものとなり、リスクを共に考える知の共有やリスク低減の意思決定が妨げられてしまったのではないだろうか。
電気料金の高騰や、カーボンニュートラルの実現に向けた政策は、原子力発電を使わないことによるリスクを考えさせる機会になり、再評価の動きが生じつつある。一方で、安全への信頼は揺らいだままだ。日本と英国を比較した電力中央研究所の意識調査(電力経済研究No.68所収)では、日本は、事故を教訓に安全性が向上したという認識は低く、便益と引き換えでも選択したくないという意識が高い。英国で原子力発電を条件付きで受け入れるという判断が生まれた背後には、気候変動対策への意欲や原子力発電の貢献度認知の高さのみならず、他の選択肢や手段を検討した上での利用であることや、政府や規制機関の公正さや信頼などの高さも大きかった。
立地地域や福島県内などで調査をしてわかったことがある。望ましくない出来事が起きる可能性がある場合、自分はどう行動すべきか、情報に基づいた選択を行えることが、住民にとって価値のあるリスク情報である。だが現状は、リスク低減と安全対策の説明は事業者が、事故時の避難計画は自治体が、別々に分担し、それぞれの役割も複雑でわかりにくい。これを補うためには、緊急時に備える目的のリスクコミュニケーションに、行政、事業者、住民等の多様な利害関係者が参加できるとよい。そうした場があれば、事業者がリスク評価に基づいて実施する対策を出発点に、何が緊急時で、どう対応できるか、住民にとって価値のある関心事を扱える。同じ価値の共有が、リスク管理への信頼を高めることは実証されている。
普段できないことはいざという時にもできない。平時から理解して準備しておくことが大切である。
OECDの原子力機関も、2010年代に入り、トップダウン型(決定―通知―防御のDAD、「父親」の略称がある)から、ボトムアップ型(?参加―②相互作用―③協力)の意思決定への転換を強く進めている。諸外国の高レベル放射性廃棄物の処分事業での経験が根拠となっている。?の参加は、設計する側が、関心の度合いと影響の大きさによってステークホルダーを分析して優先度を見極める。②の相互作用には、事業者や科学者が、専門家の目線と、同じ市民としての目線を行き来しながら、互いの合理性を確認し合うメリットがある。事業者を含むリスク管理者側が変わることで、社会との関係もまた変化する。そのほうがたやすく、効果は大きい。参加や協力の手法にはまだ活用されていないノウハウも多い。弊所では、原子力の広報や安全部門の新任者や地域対応業務従事者の実務に活用できる、原子力リスクコミュニケーション・ガイドの執筆を進めており、これを通じて、一歩ずつ誠実な取組みに貢献したい。
電気新聞 2023年6月14日掲載