次世代の電力インフラ設備の保守点検技術として、自立型無線センサの利用が期待されている。自立型無線センサに電源を供給するには振動発電素子が有望である。電力インフラ設備は、商用周波数の高調波で振動しており、さらに周波数調整をしている関係で周波数のずれがなく、振動発電素子の利用はベストの環境であると言える。
振動発電技術としてまず思い浮かべるのは床発電であろう。人間が歩行する際に床を踏むことによって生じる振動を、圧電素子を利用して電力に変換する発電方法である。実際に鉄道の改札付近に圧電素子を敷き詰め、乗客が歩くことで発電を行う実証試験が行われた。一般的に社会インフラ設備の作り出す振動の測定を行うと、大きく分けて2つのタイプの振動が発生している。例えば発電機や変圧器は、商用50Hzもしくは60Hzの高調波の振動の発生にピークがあるような共振振動をしている。それに対して建造物(床など)は、人や車が通過することによって作られるインパルス的な振動と、構造の揺れによる広帯域かつ低周波の振動(非共振)をしている。低周波の振動エネルギーを電気エネルギーに変換する方法には、主に静電誘導方式、磁歪方式、電磁誘導方式、圧電方式などがある。振動の大きさ、周波数にあわせて最適な振動発電の方式を選ぶ必要がある。
磁歪式振動発電は、発電所、変電所設備等で多く見られる共振振動の周波数帯域を得意としている発電方式である。磁歪材料に振動を印加すると材料が歪むことで材料内部の磁束が増減し、その磁束の変化を電磁誘導により電気エネルギーとして取り出すことができる。また磁歪材料は鉄を主成分とした合金材料を用いることから構成が堅牢で、想定外の衝撃振動などにより壊れる可能性が非常に低い。さらには耐熱性が高く過酷な環境下でも使用することができるなどの特徴を持つ。これらの特徴から、磁歪式振動発電素子は電力設備向けの振動発電技術として注目されている。そこで磁歪式振動発電素子を電力設備の変圧器に取り付けて、自立型無線センサの電源として活用できるか検証を行った。無線センサとして市販されている無線マイコンモジュールと温度・湿度センサを組み合わせた環境センサを使用した。無線マイコンの通信時の標準的な消費電力は0.2mJ程度であるが、変圧器の振動から作られる電力のみで、温湿度データを10秒毎に計測し無線送信することに成功した。
建物・橋などの構造物、もしくは人間の動きは20Hz以下の周波数領域で振動をしていることが知られている。しかしこの低周波領域の振動から電力を得ることができる振動発電素子はほとんど報告されていなかった。低周波の振動から電力を得るために、電気二重層エレクトレット(永久電荷)という新材料を利用した振動発電素子を開発した。そもそも電気二重層とは、電解質を電極で挟み電圧を印加すると電解質の中でイオンの移動が起こり、正極に陰イオンが、負極に陽イオンが蓄積された状態のことをいう。電気二重層エレクトレットに、電極を接触もしくは解離することで、静電誘導で電極に電荷が蓄積、もしくは電荷が放出される。電気二重層の巨大な静電容量を利用できることから、静電誘導で電極に蓄積される総電荷量は巨大となり、大きな電力が得られる。現時点では単位面積あたり1uJ程度の電力が得られている。また、電極の接触・解離により発電することから、低周波から高周波までの振動から発電できることも期待される。
電力設備を監視するための自立型無線センサ端末に電力を供給する振動発電素子に関して、開発の現状を紹介した。現状の振動発電素子を用いた場合でも、センシングだけでなく通信も行えるということを理解していただけたら幸いである。今後も振動発電素子のさらなる発電量向上を目指すと同時に、センシング、通信も含めて提案できるように研究・開発を進めていきたい。
電気新聞 2023年1月18日掲載