電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(258)
市場リスク管理を実践するうえで重要なことは何か?

ガイドライン制定

21年1月上旬、寒波による電力需要増に、LNG在庫減による火力電源の供給力低下が重なり、電力スポット価格が高騰した。卸市場における買い手である小売電気事業者の一部は、スポット取引の市場リスクを管理できておらず、経営が悪化してその後の倒産・廃業・撤退につながった。

これを受けて経済産業省は、電気事業者に適切な市場リスク管理を促すため、「地域や需要家への安定的な電力サービス実現に向けた市場リスクマネジメントに関する指針」を制定し、国内外の参考事例集を整備した。

リスク管理の流れ

市場リスク管理の大まかな流れは、①自社の抱えるポジションの定量的な把握、②ポジションを元にしたリスク量算出と経営体力(自己資本等)との比較、③リスクヘッジの実践となる。

①のポジションとは、事業者が抱える電力や燃料の取引について、数量・価格・期間が固定されている部分と変動する部分を明らかにすることを指す。小売電気事業者であれば、販売量(想定需要)に対して相対取引等で価格や量が固定されている部分と、スポット調達で価格や量が変動し得る部分とを分けて管理することである。発電事業者であれば、これに燃料取引も加わる。

②のリスク量には様々な指標があるが、最近よく用いられるのはEaR(Earning at Risk)である。EaRは、過去の実績に基づき、将来の市場価格の確率分布を想定し、自分にとって不利な方向に大きく価格が変動した場合に、どの程度の損失が生じうるかを、その確率とともに定量化したものである。

③のリスクヘッジは、事例集にも引用された当所の海外調査によると次のように実践されている。

小売側のヘッジでは、家庭部門については、想定需要を数年前から段階的に先物等で買っていき、一時の価格高騰に左右されない安定的な価格での電力調達を目指している。大口契約では、契約時点で想定需要の全量を先物等で固定するフルヘッジを基本としている。

一方、発電側のヘッジは電源種別によって異なっている。原子力や水力は、時間を掛けて段階的に売っていき、安定的な価格での売電を目指している。火力については、電源をオプション(電力価格が燃料価格から計算される限界費用よりも高いときだけ運転して利益を得ることができる権利)と見なして、その柔軟性を生かしたヘッジが行われている。

リスク管理の必要性

市場リスクとは利益のばらつきのことであり、リスクを抑えることは、大きな損失を回避する代わりに、大きな利益も放棄することを意味する。どの程度リスクを取って利益を追求するかは、株主との関係において事業者自身が判断することであり、経営体力以上のリスクを取って利益を追求することも可能である。しかし、リスク管理により、リスクを適切な範囲に抑えることは、事業者の経営の安定化につながり、事業の継続性を向上させる。これは、特に新電力にとって、大手電力の発電部門との相対契約交渉の際に、自社の信用力を示すことにつながる。現在、電力・ガス取引監視等委員会の制度設計専門会合において、相対契約の「機会」と「条件」の内外無差別の議論が進められているが、契約を結ぶには当事者の「信用力」も重要であることを忘れてはいけない。

また、電力は生活必需財であり、電気事業は公益事業でもある。経営の安定化を通じて、長期的に電力の安定供給が維持されることは、国民生活や産業活動の質の向上にも資する。電気事業者には公益事業者として適切なリスク管理を期待したい。

市場リスク管理の実践に向けて

リスク管理を実践するうえで重要なことは、理論に基づき定量的に管理するということである。市場メカニズムのもとでの競争では、勘や思い込みを排除し、理論と数値に基づいた客観的な経営判断が求められている。

市場リスク管理には、既に精緻な理論があり、その理論に裏打ちされた方法論がある。上記のEaRのような確率を含むリスク計測や電源をオプションと見なすヘッジ手法はその一例である。

昨今の価格高騰は、市場リスク管理の理論と実践が、わが国の電力実務に根付く契機となるだろう。

著者

遠藤 操/えんどう みさお
電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員
2008年度入所、専門は金融工学・市場リスク分析、博士(工学)。

電気新聞 2022年5月18日掲載

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