2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みを定めたパリ協定では、「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出と吸収の均衡を達成」することが目標として掲げられた。その結果、批准国の多くが今世紀中頃の実質的な排出ゼロを目指した取り組みを加速している。日本政府も2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、そのためのグリーン成長戦略を策定しているが、重点的に取り組むべき14分野の一つに、カーボンリサイクル(以下、CR)が含まれる。今回はカーボンニュートラルにおけるCRの役割と社会実装に向けた課題を述べる。
経済産業省が策定したカーボンリサイクル技術ロードマップでは、CRを「CO2を炭素資源と捉え、これを分離・回収し、多様な炭素化合物として再利用するとともに、大気中に放出されるCO2の削減を図りつつ、新たな資源の安定的な供給源の確保に繋がるもの」と説明している。CRの技術オプションとしては、鉱物化によるコンクリートやセメント、CO2の化学的あるいは生物的変換による化学品、燃料、の生成など多岐に渡る。CO2を原料とした肥料や炭酸ナトリウムなどの製造は一世紀以上も前から行われているが、従来のCO2利用では、いかに効率的に最終製品を生産し経済性を確保できるかが重要であったが、今後は、どの程度CO2の削減に貢献できるかも重要となる。
CRは、既存の製造プロセスに比べてCO2の排出が少ない場合、既存プロセスを代替することで直接的にCO2の排出削減に繋がる。CO2の排出を抑制するための有効な手段として、再生可能エネの導入による電化促進がある。世界各国では、風力発電や太陽光発電への投資拡大により設備容量が増加しているが、さらなる導入拡大には、再生可能エネの変動性や間欠性への対応が不可欠である。CRの技術に、CO2を化学的に燃料に変換するプロセスがあるが、投入エネルギーに余剰の再生可能エネを利用することでエネルギー貯蔵手段にもなり、再生可能エネの欠点を補完できる。また、世界全体のCO2排出の1割強を占める運輸部門では航空機や重量貨物車の脱炭素化には時間を要するため、CO2 を原料とした燃料合成が削減対策として期待される。さらに、エネルギー消費に起因しないCO2排出を伴うセメント、プラスティックなどの生産プロセスに対する炭素供給に対してもCRが貢献できる可能性がある。
第一に、カーボンフリーエネルギーの調達である。CO2を炭素化合物に変換するプロセスにおいて多くの場合、大量のエネルギーを必要とする。その際、ライフサイクルとしてCO2の排出を低減させるためには、エネルギーの調達先は、再生可能エネあるいはCCS付き発電など、カーボンフリーが必須となる。例えば、水素を用いてCO2を還元しジェット燃料を合成するプロセスの場合、水電解による水素製造と燃料合成の両過程でカーボンフリーのエネルギーが投入される。2015年の国内ジェット燃料の消費は34TWhであるが、このすべてをCRによる合成燃料で賄うとすると、50TWhの投入が必要となる(うち、水素製造が44TWh)。2015年の国内再生可能エネ発電量の140TWhと比較すると、CRに必要なカーボンフリーエネルギーの大きさが実感できる。第二はコストである。CRにより合成されたジェット燃料の現在価格は、既存品の販売価格と比較して6倍程度になるとの試算がある。現状では、ほとんどのCRの製造プロセスで既存品との間に大きなコストギャップが存在する。これらを埋めるためには、イノベーション創出・技術開発の推進とともに、CRによる製品が迅速に普及するための市場価格調整、CRのプロセスを品質基準の条件とする規制化、CR製品の一定量の政府調達、などの政策支援が必要となる。その他、クレジット化などに対応するためのCO2削減量の評価法の確立、原料となるCO2輸送インフラの整備、合成燃料などの再利用に伴うCO2の再放出への対応、CRの社会啓発活動、など複数の課題がある。
電気新聞 2021年12月1日掲載