電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(238)
産業電化の鍵であるヒートポンプはこれから大幅に普及拡大できるか?(その1)

2050年カーボンニュートラルに向けて、電源の脱炭素化とエネルギー需要の電化を同時に進めることが肝要である。中でも最終エネルギー消費に占める電力の割合が24%と低い産業部門では、熱需要の電化が重要であり、この鍵が産業用ヒートポンプである。ヒートポンプは電化だけでなく、熱回収の技術でもあり、効率的な熱利用に役立つ。ボイラからの置き換えによって、現在の日本の電源構成でもCO2排出量をおよそ半減でき、電源の低炭素化に伴って削減量はさらに大きくなるため、産業用ヒートポンプへの期待は大きい(図)。しかし、導入がなかなか進まないのも実情である。

本稿では、産業用ヒートポンプの適用にあたって解決すべき代表的な課題について解説する。

図

図 ヒートポンプは、ボイラと比べて同じ大きさの加熱を得るために必要なエネルギーが少なく、
現在の電源構成でもCO2排出の半減が可能

経済的な制約

ヒートポンプはくみあげる熱の温度差(温度リフト)が小さいほど高い効率で運用できるが、温度リフトが大きいほど適用先は広がる。許容される温度リフトは、燃料料金に対する電気料金の比や要求される投資回収期間などで決まる。現状として、日本では、多くの場合に温度リフト50度以下が適用の条件である。より大きい温度リフトでヒートポンプを適用できるようにするためには、ヒートポンプの性能を向上させることに加え、電気料金が相対的に安価になること、ヒートポンプの耐用年数までを考慮して、長期的な視点で投資できるようになることなどが求められる。

効率的な導入に必要なプロセス統合

産業用ヒートポンプは、ボイラから単純に置き換えるユーティリティ設備としてだけでなく、加熱プロセスの熱回収設備としても活用できる。前者の場合には、外気熱や他のユーティリティ設備(空気圧縮機や冷凍機など)の排熱から熱回収するため、設計・施工の面では比較的容易だが、大きい温度リフトが求められる。一方、後者の場合には、比較的高い温度のプロセス排熱から熱回収するため、小さい温度リフトでの運用が可能となり、優先すべき導入方法である。ただし、プロセス熱回収を実現するためには、一般に秘密情報であるプロセス側の情報が必須であることに加え、高度な設計技術が必要となる。

適用拡大に必要な高温ヒートポンプ

現在商品化されている産業用ヒートポンプの多くは、その供給温度が100度までである。産業部門全体の熱需要のうち、100度未満の熱需要は9%であり、用途としては保温や洗浄、低温殺菌、低温乾燥などに制限される。100~150度の熱需要は8%、150~200度の熱需要は13%あり、ヒートポンプの供給温度を高温化できれば、蒸留や濃縮、より高温の殺菌や乾燥などにも適用できる。蒸留・濃縮プロセスの一部では、蒸留・濃縮塔を大気圧以下で運転することで熱需要温度を下げ、100度未満の温水ヒートポンプを導入できた事例もあるが、ヒートポンプの適用範囲を拡大するためには、ヒートポンプの高温化は必要である。

課題解決に向けて

産業用ヒートポンプへの期待は海外でも大きい。特に、電力のCO2排出係数が低く、燃料料金に対する電気料金が比較的安価な国で産業用ヒートポンプの開発と実証が活発化している。本寄稿は今回を含めて3回の連載であり、次回以降に海外の最新動向を交えながら、課題解決に向けた取り組みを紹介する。

著者

甲斐田 武延/かいだ たけのぶ
電力中央研究所 グリッドイノベーション研究本部 主任研究員
2011年度入所、専門は熱工学。

電気新聞 2021年7月28日掲載

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