電力の卸売において、電源の大半を保有する旧一般電気事業者(以下、旧一電)各社が、新電力への相対卸売(社外卸売)と比べて、自社の小売部門への卸売(社内卸売)のみ有利な条件で取引を行うと、小売市場における適正な競争を歪曲する行為(不当な内部補助)とみなされる可能性がある。これを防ぐため、電力・ガス取引監視等委員会は、後述の「通告変更権」の条件等も考慮して、内外無差別な卸売を実施することを要請し、旧一電各社はこれに「コミットメント」を表明した(第51回制度設計専門会合資料)。今後、その実施状況の確認・公表がなされていく予定であり、旧一電各社は内外の卸売の価格や条件を適切に設定する必要に迫られている。
通告変更権はスイング・オプションとも呼ばれ、小売部門(社外卸売の場合は新電力)が発電部門からの受給量を柔軟に増減できる権利を保有し、発電部門が通告に応じて供給量を増減させる義務を負っている。小売部門は、小売需要の変動に合わせて受給量を変更できるため、常に需給を一致させる必要のある電力の卸取引において重要な役割を果たしている。一方、発電部門は、権利保有者の事情に応じて発電量を増減させるためのコスト(余剰LNGの転売損など)を負担しなければならない。その対価は通告変更権価値として小売部門が支払う。
通告変更権の行使条件は卸売契約ごとに異なる。基本的な要件は、電力供給パターンに対して変更可能量の幅を定め、契約期間のすべての日に、あらかじめ定めた卸売価格(社内取引価格もしくは相対卸売価格)にて、変更可能幅内で任意に受給量を変更できるというものである。
旧一電の社内卸売では、日々の通告変更期限がスポット価格の決定時点より後の場合が一般的である。社内取引価格より少しだけ低い価格でスポット市場に買い入札しておけば、スポット価格のほうが低い場合には自身の買い入札が約定するので、権利を行使して発電部門からの受給量を減らし、より単価の安いスポット調達に差し替えることができる(経済差替と呼ぶ)。
通告変更権の価値は、将来のスポット価格を多数回シミュレーションし、権利行使により得られる利得の期待値として算出する。具体的には、スポット市場のボラティリティ(価格変動の激しさ)や価格スパイク(短期的な急騰)等の特徴を過去データから推定したうえで、権利の対価を支払う小売部門とそれを受け取る発電部門の双方にとって合理的な値となるように、電力先物市場の約定値から求めたリスク中立確率のもとでシミュレーションを行う。図は、ベースロード供給契約に対して±20%まで変更可能な通告変更権について、卸売価格とボラティリティを変化させた場合の試算を示している。例えば、卸売価格8円/kWh、ボラティリティ300%/年のとき、通告変更権価値は0.41円/kWhと試算される。
図 卸売価格とボラティリティに対する通告変更権の価値
旧一電各社が、コミットメントに基づいて内外無差別的な卸売を実施するためには、内外で異なる卸売価格や行使条件をふまえて、具体的かつ定量的に通告変更権価値を評価・比較できることが重要となってくるだろう。
電気新聞 2021年6月2日掲載