電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(229)
低線量・低線量率の放射線リスクはどこまでわかっているか?
(放射線の健康影響に関する最近の国際動向)

防護体系の枠組みと基準策定の現状

放射線防護の原理原則となる防護体系の枠組みは、個々の研究から得られる科学的知見の国際的なコンセンサスに基づいて構築され、その枠組みに基づいて防護基準が策定される。これらはそれぞれ、国連科学委員会(UNSCEAR)が放射線の線量と健康影響に関する科学的コンセンサスを報告書にまとめ、国際放射線防護委員会(ICRP)が防護体系の枠組みを勧告し、国際原子力機関(IAEA)が防護基準を策定する。このような一連の国際動向を踏まえて、各国の規制当局が規制に導入する。

ICRPの主勧告は規制の基盤として特に重要で、最新は2007年主勧告である。日本の現行の規制基準は1990年主勧告に基づいており、最新主勧告の国内法令取り入れの多くは規制への科学的知見の反映に時間を要し、今も検討が続いている。一方、従来よりも低い線量での白内障発症が21世紀になって報告され始め、2011年にICRPが眼の水晶体等価線量限度引き下げに関する勧告案の公開意見募集を完了した3週間後に最終的な勧告を出し、その後、2020年に国内法改正に至っている。この事例では、勧告案の公開意見募集を開始する時点で、専門家間での議論の大部分は完了していたことから、防護体系の枠組みの勧告や基準策定に向けた新たな動きに適切に対処するためには、国際動向の最新情報入手と、初期段階から国際機関等での議論への参加が重要である。

ICRPの新たな主勧告に向けた動き

ICRPは、2007年主勧告を更新する新たな主勧告を2029年頃に刊行予定である。それに向けて、がんと遺伝性影響(確率的影響)について放射線デトリメントを更新するための検討、低線量率と高線量率の放射線被ばくの影響を比較した線量・線量率効果係数(DDREF)の見直し、しきい線量型の線量応答関係を示す非がん影響である組織反応(確定的影響)については吸収線量限度を勧告するための検討、性や年齢等による放射線感受性の個人差、防護体系における許容性と理知性の検討等を開始している。

また、ICRPは2011年に循環器疾患を組織反応に初めて分類し、しきい線量は線量率によらず0.5Gyであると、医療従事者への警鐘として暫定的に勧告した。しかし、循環器疾患の線量応答関係やしきい線量の有無、0.5Gy以下のリスク、線量率依存性等の議論が成熟しておらず、2021年にICRPやUNSCEARが検討を開始予定である。その他、英米仏露の原子力作業者等で神経疾患の放射線リスクの増加が報告され始め、今後の動向に注視が必要である。

その他の最新の国際動向

米国放射線防護審議会(NCRP)は、1993年主勧告を更新する主勧告を2018年に刊行した。NCRPは、米国のために防護体系の枠組みを勧告しているが、その勧告はICRPやUNSCEARなどでの国際的な議論に活用されている。確率的影響については、最近の疫学的知見を検討した上で、直線的な線量応答関係を仮定する直線しきい線量なし(LNT)モデルの継続的採用を決定し、組織反応については等価線量限度を廃止して吸収線量限度を勧告した。また、より科学的な低線量・低線量率被ばくのリスク推定のために、疫学と生物学を統合させた線量応答モデルを開発するアプローチとして、有害性発現経路(AOP)の放射線防護への応用を提案した。AOPとは、有害性発現の原因となる分子レベルの反応から生体レベルの影響にいたるまでの一連の流れを作用機序に基づいて経路として表現し、疫学的知見や動物実験データが限られている化学物質の安全性評価と規制に活用するもので、経済協力開発機構(OECD)が2012年に開発プログラムを設置している。放射線防護のためのAOP開発に向けては、OECDが検討グループを2020年に設置するとともに、欧米を中心に議論が進められている。

電力中央研究所では、このような国際動向の最新情報を収集するとともに、より合理的な放射線防護体系の構築に向けた国際機関等での議論に参加して、科学的根拠に基づいた意見を発信していく。

著者

浜田 信行/はまだ のぶゆき
電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センター 上席研究員。
2010年度入所、専門は放射線影響。博士(薬学)。

電気新聞 2021年3月17日掲載

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