アセットマネジメント技術は資産(アセット)価値最大化を目指す管理手法として金融工学の分野で発達してきた。各種正および負のリスクを指標に管理施策候補を比較し、総合的に判断することで「全体最適化」を行うための技術であり、評価対象に応じた適切なリスク評価が不可欠である。この技術は社会インフラの管理についても、例えば道路・橋梁に対して構造材の経年劣化や維持管理コスト、利用者の便益等を評価することで、活用されている例がある。
設備の高経年化で日本より先行するとされる欧米では20世紀終盤、将来の設備更新の波への対応が議論の俎上に上るようになった。例えばCIGRE(国際大電力システム会議)において設備の経年分布調査、事故実績調査、設備の重要度と状態を複合評価した更新優先度検討、等が報告され、アセットマネジメントというキーワードと共に設備の維持管理戦略合理化・高度化手法として注目されることとなる。日本では当初、設備状況に差異があること、従来から電力各社それぞれ独自に保守施策の合理化・コストダウンを進めてきたこと等を理由にこの流れを静観していたが、電気学会や電力中央研究所では欧米の動向を受けて学術的・実務的検討を行ってきており、その後の電力自由化の進行、設備の高経年化対策を含む保守行動の「見える化」要請等を受け、電力会社および電気協同研究会にて本格的に検討されるに至っている。
設備の維持管理計画を合理化する具体的手法としてこれまでいくつか提案がある中、実務上の実現性・有用性の面から、設備状態や使用環境等で点数を付け、合計点で比較を行い、更新優先度を決めるというスコアリングに分類される手法の検討・導入例が多い。ただし、算出されるリスク(スコア)はあくまで相対値であるため、異機種間、異部門間の比較に課題を抱える。その観点でリスクは「円」などの具体的な費用値としてカウントすべきである。故障リスクについては、その発生による影響度を費用値で評価すれば、(影響度)×(発生確率)から求めればよい。この費用値は統計的期待値であり、実際の支出ではないが、点検費用等の実際の支出項目と合算して将来支出想定を行い、総リスク量として扱う方法が考えられる。その際、故障の発生確率(すなわち余寿命分布)は一般に過去の実績を統計解析して求められるが、予防保全を前提としている場合実績として顕在化しにくいため、それだけでは過小評価する恐れがある。評価対象設備の劣化特性分析と状態診断を併用した余寿命評価が求められる。
アセットマネジメントの国際規格であるISO55000シリーズを担当するTC251では、Managing AssetsとAsset Managementを明確に区別しており、電力流通設備を対象に現在活動中のIEC・TC123でもこれを前提に議論が行われている。前者は対象設備ごと、あるいは細分化された部署ごとに最適化を志向する、従来から行われてきた設備管理を指すが、後者は組織全体、部署横断で全体最適化を志向する行為である。図に示すように、個別設備のリスク評価をベースとしつつ、会社単位、あるいは社会全体で統一された方向を定め、そこに向かうAsset Managementを行うことによって、全体最適に向け、設備更新計画の更なる合理化が図られると期待される。
図 電力流通設備のアセットマネジメントの積層構造
電気新聞 2020年8月5日掲載