地球温暖化の長期対策でネットゼロ達成時期の目標が関心を集めている。ゼロは温暖化の主因となる人間活動に伴うCO2排出を止めること、ネット(実質)は、人間が関与して大気CO2の吸収・固定量を増やせる場合、その分を差し引いた正味排出で計量することを意味する。
ネットゼロは気温上昇を止めるための究極目標である。本稿の前半ではその科学的根拠を、後半ではネットゼロ達成時期の目安を与えるカーボンバジェットについて述べる。
最近の気候研究で、世界平均気温の上昇が世界全体の累積的なCO2排出量にほぼ比例することが分かってきた。これは、気温上昇をどの水準に抑える場合でも、累積排出量に上限があることを意味する。上限を超えないようにするには、各年の排出量をネットゼロに保つ必要がある。つまり、累積排出量の制約がネットゼロを目指す根拠となる。
この比例関係は、排出が続く状態とネットゼロの状態の各々で、微妙なバランスが働いて近似的に成立する。
排出が続く状態では、大気に残るCO2が累積排出量とともに図aのように変化する。一方、気温上昇は大気のCO2濃度とともに図bのように変化する。どちらも直線ではないが、自然のCO2吸収やCO2の温室効果の特性によって曲線の傾向が逆になる。気温上昇と累積排出量の関係では両者が合わさるため、傾向の違いが相殺され直線に近づく。
ネットゼロの状態では海が重要な役割を担う。海は熱とCO2(炭素)の大きな貯蔵庫だが、吸収した熱やCO2が深部に行き渡るのに時間がかかる。このため大気CO2濃度が安定しても、地球全体での正味の熱吸収が続き、気温は緩やかに上昇してゆく。一方、CO2の吸収も長く続くため、ネットゼロになればCO2濃度は徐々に低下する。つまり図cに示すように、累積排出量がある一点に留まれば、気温を上げる作用と下げる作用が拮抗する。
図 CO2排出に伴う変化の特徴
累積排出量の制約は長期的な排出削減の道筋と対応づけられる。2度などの目標と整合する累積排出量の内、排出済みの分を除いた残りが今後排出できる分となる。これはカーボンバジェットと呼ばれ、この値からネットゼロ達成時期が概ね決まってくる。
現状の科学的評価に基づいて試算すると、パリ協定の1.5〜2度と整合するネットゼロ達成時期は35〜70年頃となる。最近の気候政策の背景にはこのような見通しがある。ただし、計算に使う前記比例関係(図cの直線の傾き)には、まだ大きな不確実性が残されている。
ここまでの話はCO2の排出量に限定される。累積排出量との比例関係もカーボンバジェットの考え方も性質の異なる他のガスには適用できない。温室効果ガス全体の排出量についてネットゼロが言及されることもあるが、その場合は排出量の大半がCO2という暗黙の前提がある。
実際、CO2の排出がゼロに近づくと、それ以外の影響が相対的に大きくなる。非CO2の加熱・冷却効果は、カーボンバジェットを左右する不確実要因でもある。
以上、ネットゼロ目標の科学的な背景を説明した。ネットゼロの根拠は微妙な物理的バランスにあること、ネットゼロ達成時期の見通しはまだ不確実であること、非CO2要因は別扱いとなることがポイントである。いずれも新しい科学評価(前回、4月1日)での理解向上が期待される。
電気新聞 2020年4月15日掲載