当研究所の経営層による寄稿やインタビュー記事等を紹介しています。
電力中央研究所 理事長 平岩 芳朗
アナログ世代は、ラジオのフタを開けて基板に配置された抵抗やコイル、コンデンサを見た経験がおありかと思う。電力系統の構成要素の性質はこの3種から成り、これらを用いて数値解析モデルもできている。
交流電力系統の『有効電力』と『無効電力』は、一般には理解が難しいとされるが、学術的正確さはやや欠くかもしれないが、理科の実験を想い起こしつつ説明させていただく。
交流電力系統では、電圧と電流は時間的にプラスとマイナスが正弦波の形で変化する。この電圧と電流の波形の時間軸上の位置を『位相』といい、両者の差を『位相差』という。
抵抗=抵抗に交流電流を流すと同じ位相の正弦波の電圧が生じる。逆もしかり。抵抗というものの、ある意味、真っすぐな性質だ。
コイル(リアクトル)=電線に直流電流を流すと、周りに磁界が生じ、方位磁石が動く。電流の変化と磁界の変化は同期性がある。コイルの中に棒磁石(磁界)を抜き差しすると、検電器の針が振れる(電圧が生じる)。棒磁石(磁界)をコイルの中で静止したままでは検電器の針は振れない(電圧は生じない)。このように、磁界(電流)の変化に応じて電圧が生じる性質がコイル(リアクトル)である。
コンデンサ(キャパシタ)=逆に、電圧の変化に応じて電流が流れる性質がコンデンサである。コンデンサは電圧が変化しない直流電圧では電流は流れないが電荷を保つ(静電容量とも呼ばれる)。このため、あるいは誘導現象により、回路から切り離していても電圧を生じるため、感電事故には十分注意する必要がある。
事象の変化にそのまま応じる抵抗と、半歩(位相が90度)遅れ、または進んで応じるリアクトルとキャパシタ。これら3要素の多様性と組み合わせによって、電力システムは成り立っている。同じように、多様なタイプの人々がいる人間社会を見るようで面白い。
架空送電線は電気的にはリアクトルの性質が主体だが、対地や線間の静電容量によるコンデンサの性質や、送電損失を生じる抵抗の性質も併せ持っている。
電力系統の各地点の電圧と電流(のベクトル)は、位相がそろった成分と90度ずれた成分に分解できる。位相がそろった成分の電流と電圧の積が有効電力であり、位相が90度ずれた成分のそれが無効電力である。
有効電力は電圧と電流の位相が同じで、抵抗に電流を流したときの発熱のようにエネルギーとして取り出すことができる。他方、無効電力は電圧と電流の位相が90度ずれており、コイルやコンデンサのように、エネルギーとして取り出すことができない。このため、あるいは有効電力の対語として無効電力と称されたものと思われるが、英語は「reactive power」であり、物理的特性を表している。
無効電力は決して無意味な電力ではなく、交流電力系統の各地点の電圧を適正に維持するために無効電力の制御は不可欠である。1987年7月には、東京電力管内で昼休み後の電力需要が急増する時間帯に、無効電力調整等による電圧調整が十分行えず、電圧不安定現象により西地区の大規模停電が発生した。
電力系統の各地点で需要家の電気設備(抵抗、コンデンサ、コイルの成分から成る)が、契約の範囲で有効電力や無効電力を任意に消費し、送電線を流れる潮流が変化する中で、安定した電気の品質である周波数と電圧を一定範囲に維持し、かつ潮流を電力設備の容量以内とする必要がある。
同期系統(60ヘルツであれば中部エリアから九州エリアまで)の全体の需要と発電の有効電力のバランスを調整して周波数を維持するのに加え、需要や発電、電力潮流によって変化する各地点の電圧も一定範囲に維持する。この複雑な方程式は有効電力の調整だけでは解けず、無効電力という別の変数の制御が必要となる。ここで無効電力と電圧の影響は同期系統全体に及ばず、ローカルであることがミソである。
このため、無効電力を制御し電圧を調整する装置(電力用リアクトルもしくはコンデンサ。調相設備や無効電力補償装置とも呼ばれる)を電力系統の必要箇所に設置し、系統の状態に応じて制御している。また、同期発電機は有効電力のみならず、界磁電流の制御により無効電力を調整する機能も有している。
電気新聞 2024年12月4日掲載
※発行元の一般社団法人 日本電気協会新聞部(電気新聞)の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。