環境問題やエネルギー問題の視点から、太陽光発電(PV)の大量導入を目下の課題としている国・地域は多い。もちろん、日本もその例外ではない。ただし、既存の電力システムの信頼性が脅かされる可能性もあり、入念な事前検証が必要とされている。電力中央研究所 システム技術研究所では、PVが大量導入された場合の電力系統を模擬試験することで、再生可能エネルギーをより活用していく社会の実現に向けて、技術的に貢献している。
今回紹介する電力系統シミュレータは、発電、送電、電力消費といった電力システムの全体像を1/1000のスケールで再現した模擬試験施設となる。発電所を模した発電機、送電線を模したコイル・コンデンサ、需要地域を模した抵抗器など、2フロアにわたって合計29の機器・装置から構成される施設は、世界的に見ても類のない大規模なシミュレータとなる。数百kmに及ぶ高圧の長距離送電(100万V)を評価する検証施設として活躍した時代もあったが、近年は太陽光発電(PV)が大量に導入された、次世代の電力系統の信頼性を検証する施設として活用されてきている。
本施設の現在の主な活用目的は、落雷等による電流の乱れを実際に現物上で再現することにより、数値解析用のモデルを構築することである。新設される機器・設備の制御性能などの事前検証を行ったりすることも可能で、時代のニーズに幅広く応えられることが本施設の最大の利点となる。
すでに日本でもPVの導入は拡大しつつあるが、大量に導入された電力系統の信頼性は未だ評価段階にある。電力の安定供給を第一に考えると、「単に発電設備を増設すればよい」というだけでは済まされない。たとえば、落雷事故等によりPVが一斉に停止・再起動する際には、PVがつながる電力系統全体にも影響が及ぶ恐れがある。その結果、電力品質(電圧と周波数の安定性)が脅かされ、最悪の場合、大規模停電につながることが懸念されている。
このような事態に備えて、現在、本施設では電力系統の信頼性を評価・検証する試験が行われている。研究に携わる山下氏は、「この施設は3.3kVと220Vの電圧を使用しており、一般家庭に設置される太陽光発電設備をそのまま220V側に接続して試験ができます。将来的には30%を超える電力を再生可能エネルギーで賄うという案も出てきておりますが、実際問題として数百万台を超える規模のPVが接続された状況を実機で模擬試験することは不可能です。そこで、将来の電力系統の信頼性の検証を数値計算で行うための解析モデルが必要となります」と本研究の目的を語る。
また、太陽光発電設備を製作しているメーカーは多く、その挙動は機種ごとに多種多様となる。これについて山下氏は、「シェア上位4社の実機を検証することで多くをモデリングできますが、残りは統計学も併用しながら解析モデルを構築しなければいけません。電気の知識だけでなく、統計学の知識も要求されるのがこの研究の難しい所です」と語っている。さらに、「試験により得られた要素を全て数値解析モデルで詳細に実現し,膨大な数のモデルで検証することは、計算機の処理能力からして不可能です。よって、どれが本当に必要な要素なのかを見出し、現実的に計算可能な集約モデルを構築しなければいけません。この取捨選択は研究者のセンスが問われます」とも述べている。
再生可能エネルギーの導入は日本よりも諸外国のほうが先行しているが、こういった国々でも電力系統の信頼性の確保は重要課題となっている。中には再生可能エネルギーの新規導入を制限している国もあり、新設される発電設備の技術要件を厳密にルール化している国もある。こういった海外の事例は参考にはなるが、その技術要件すべてを日本に適用することはできない。
「電力系統の技術要件は国ごとに異なっており、日本独自のルール化が必要です。今後を見据え、早急な対応が必要とされており、我々も技術的知見を提供しています。ここ数年が正念場になるのではないでしょうか。電力会社だけでなく、メーカーや企業、PV事業者にも関わる問題なので、非常に責任の重い研究だと感じています」。こう山下氏が語るように、PVの大量導入は将来のエネルギー政策に関わる重要な案件であり、関連する研究には早急かつ確度の高い成果が求められる。
山下氏は大学時代から「電力の安定供給」をテーマにした研究に勤しんでいるが、学生時代に電力中央研究所を見学したことが今の自分につながっているという。「大学では数値解析を使って研究を進めていましたが、当時、偶然にもこの施設を見学する機会があり、“机上では分からないことが沢山ある”と衝撃を受けたのを覚えています。百聞は一見にしかず、という言葉がありますが、わが目で現象を見て、耳で聞いて、初めて理解できることがある、と実感しました」と当時を振り返る。そして、電力中央研究所の一員になるにはどうすればよいかと、その場で就職活動を開始したという。「あの選択は今でも間違っていなかった。机上の理論(バーチャル)だけではなく、本物(実世界)を 知り、それらを突き合わせて考えることが大切だと思っています」と研究者としての信条を語る。
本施設を見学に訪れた人が「電気って本当に止まることがあるんだ……」と感想を漏らすことがある。実際の現象を体感することにはそれだけ説得力がある。電力は“安定供給されて当然”と思われがちであるが、その背景には確固とした技術力があり、時代を先取りした数々の検証試験が日々繰り返されてきている。わが国で今後再生可能エネルギーを適切に活用していくために、電力中央研究所の研究者たちの目は既に一歩先を見据えている。
システム技術研究所
電力システム領域
上席研究員
山下 光司
やました こうじ
最終学歴 | 早稲田大学大学院 理工学研究科 電気工学専攻(修士課程) |
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職歴 | 2006年7月~2007年10月 アイオワ州立大学 客員研究員 |
当所入所年月 | 1995年4月 |
研究専門分野 | 電力系統 |
研究内容 | 電力系統の制御・保護・負荷特性に関する研究に従事。ここ数年は、小規模離島系統をはじめとした再生可能エネルギーの系統影響評価・系統安定化対策技術、再生可能エネルギーを含む系統負荷のモデリングに関する研究に取り組む。 |