発電所の新設やリプレース(建て替え)を行うには、発電所から放水される温排水が沿岸海域に与える影響を事前に予測する「環境アセスメント」の実施が必要とされている。電力中央研究所の仲敷氏は3次元の温排水拡散モデルを独自に開発することで、より効率的な環境影響評価の実現に寄与している。数値シミュレーションが数多の研究に用いられて久しいが、その技術は今も進化を続けている。
環境科学研究所 水域環境領域
首席研究員 博士(工学)仲敷 憲和
火力発電所や原子力発電所で生じた排熱は、温排水として海中に放水される。このため、温排水が沿岸海域に及ぼす影響を事前に評価する「環境アセスメント」の実施が国によって義務付けられている。
温排水の拡散予測に関わる研究は1970年代から実験や平面2次元モデルによる数値シミュレーションにより進められてきたが、当時はコンピュータの計算能力が不十分で「3次元の複雑な現象は計算できない」という課題が残されていた。電力中央研究所の仲敷氏らはこの課題を克服すべく、汎用的な3次元拡散モデルの開発に携わっている。
「発電所における温排水の放水方式は、大きく分けて表層放水(※1)と水中放水(※2)の2種類に分類できます。表層放水は平面2次元モデルの数値シミュレーションで対応できますが、水中放水の場合は模型を使った水理実験(※3)が不可欠で、縮小模型を作成して、現地の海流を再現する必要があります。そのため、1つの実験の準備に数カ月の月日を要し、また、季節などによって海流が変化するため、何パターンもの実験を繰り返す必要がありました。そこで、より効率的に短期間で環境評価を行える3次元拡散モデルの開発が求められていました」
3次元拡散モデルによる数値シミュレーションが実現できれば、環境アセスメントに要する期間の短縮だけでなく、コストも大幅に削減することが可能となる。海流のパターンが異なる状況についても、同時進行で計算を進めることが可能となり、環境アセスメントの進め方が一新される。このような背景から開発されたのが、3次元拡散モデルとなる。
汎用3次元拡散モデルの予測対象
仲敷氏らが開発したモデルは、幅広い用途に使える汎用モデルであることも特徴の一つとなる。発電所を新設する場合はもちろん、既存の発電所の放水方式を表層から水中にリプレースする場合にも活用できる。そのほか、複数の発電所が隣接している(放水と取水が何カ所もある)場合や火力発電の燃料である液化天然ガス(LNG)の基地から冷排水が放水される場合などにも対応できるという。
「冷排水の場合は海底の地形に沿って排水が拡散してくため、3次元モデルを使った数値シミュレーションが欠かせません。今回、開発した3次元拡散モデルは、様々な状況に対して、1つのモデルで対応できるように工夫を凝らしてあります。そうすることで、様々な環境アセスメントを効率的に進めることが可能となります」
さらに、仲敷氏らは3次元拡散モデル以外の研究にも意欲を示している。「水中放水の場合であっても、温排水が海面に浮上する地点を基に平面2次元で拡散を予測する簡易モデルの開発に努めています。この簡易モデルは複雑な計算処理を必要としないため、一般的なパソコンでも数値シミュレーションを実行できるのが利点です。環境アセスメントに必要となる各種データの観測方法も進化を遂げています。たとえば、海洋レーダーを使って海流を観測する、ドローンに搭載した赤外線カメラを使って水温分布を観測する、などの新しい技術が生みだされています」
近年は、コンピュータの性能進化が著しく、それに応じて数値シミュレーションの技術も進化している。とはいえ、新しい課題が次々と見つかるため、「研究に終止符が打たれることはない」と仲敷氏は語る。コンピュータの性能が進歩すれば、それだけ数値シミュレーションで対応できる研究テーマも増える、ということなのかもしれない。
こういった新たな課題に取り組んでいくには、「やはり基礎力が重要になります。基礎研究という土台がないと新しい課題に対応することはできません」と仲敷氏は語る。「当研究所の特徴は、研究成果をすぐに活かせる現場があること。研究から得られた成果を現場で実際に試し、フィードバックを得ることで次の研究テーマが見えてきます。これは研究者にとって、とても魅力的な環境だと思います」
これから研究者を目指す若い人々に対しては、「若いうちは型にはまらず、色々なことに挑戦してみる必要があると思います。たとえば、他の分野の研究者とタッグを組んで研究してみる。そうすることで、これまでとは違う考え方や解決方法を見出せるようになります。長期的な視野では”何が重要なのか?”を見極め、様々な問題に対応できるバックグラウンドを蓄えておくことが重要だと考えています」と持論を展開している。
数値シミュレーションを用いた研究では、コンピュータの進化が問題解決の一因となるケースも少なくない。とはいえ、それを操るのは人(研究者)であり、各自の知識と経験が顕著にあらわれる世界でもある。現場に近く、幅広い分野のエキスパートが集う研究機関で培った経験が、仲敷氏の根底を支えている。
【用語解説】