近年、IoTの普及により、様々なデータを収集することは以前よりも容易になった。しかし、データを収集して蓄積するだけでは意味がない。得られたデータを社会に役立てていくには、データを解析する技術の進展も求められる。電力中央研究所の篠原氏はAI(機械学習)を使って電力設備の安全性を診断する研究に尽力することで、人とシステムを融和する技術開発に努めている。
エネルギ―イノベ―ション創発センター
研究参事 博士(情報学)篠原 靖志
電力系統を支える設備は定期的に保守点検が行われている。ただし、機器内部の状態を直接計測できない場合も少なくない。たとえば、変圧器の点検では、変圧器内の油中ガスを分析することで正常/過熱/放電/絶縁油混入といった内部様相を診断しているが、油中ガスの「種類・量」と「内部様相」の相関関係は非常に複雑で、機器の正常/異常を的確に判断する手法はこれまで確立していなかった。電力系統で使われる機器はその大半が正常に作動している機器であり、障害時のデータが極めて少ないことも研究を難しくしている要因の一つといえる。
そこで電力中央研究所の篠原氏は、AI(機械学習)を用いて内部様相の判定を高精度にできる手法の 開発に着手する。1,000台以上の変圧器(正常1,033台、内部不具合117台)のデータを収集し、これを基にSVM (※1) を拡張したSKM (※2) を使って判定基準の解析を進め、従来の判断基準を大幅に改善する「新しい判定基準」の開発に成功した。
これについて篠原氏は、「変圧器の内部不具合診断では、9種類の油中ガスについて解析を行いました。その結果、アセチレン、エチレン、エタンの3種類のガス構成比を見るだけで、高精度かつ簡潔に内部様相を診断できる判定基準を開発することができました。この判定基準は、収集したデータについて100%の正しい判別結果を得ています。未知データについても98%の推定正解率を示していますが、内部不具合のある事例に限定すると正解率は平均約80%まで低下するため、さらに精度を高める研究が必要です」と語っている。
篠原氏が開発した手法は、変圧器の内部不具合診断だけでなく、幅広い分野に応用されている。「油入ケーブル(OFケーブル)の異常判定」をはじめ、「配電柱腕金の再利用判定」や「送電鉄塔の防錆塗装劣化度判定」のようにデータが画像として計測される場合にも活用できる。これらの画像データは撮影時の環境(一定の照明、もしくは自然光など)により色合いが大きく変化する。こういった均一性に欠ける画像データであっても、正しい判定基準を導き出すことが可能であるという。
また、スマートメーターから得られる消費電力データの精度を向上させる研究にも活用されている。スマートメーターは30分毎に100Wh単位でデータを取得する仕様になっており、そのままでは細かな電力需要を分析できない。100Wh未満の消費電力は0Whとして計上され、累計の電力使用量が100Whに達した時点で初めて「100Wh」のデータが出現する。このように「櫛歯状のデータ」から「実際の電力需要」を推定する研究にも、篠原氏の研究成果や知見が活かされている。
篠原氏がAIに初めて触れたのは大学在籍時。当時は、第五世代コンピュータとともに人工知能の第2次ブームを迎えていた時期となる。その後、紆余曲折を経て、現在の第3次人工知能ブームへと進展していく。
「コンピュータの進化やツールの充実によりAIの研究環境はとても良くなりました。 データさえ集められれば、何らかの結論を見出すことも不可能ではありません。でも、AIが導き出した結果をブラックボックスのまま放置してはいけません。中身の分かるシステム、理解できるシステムとして、ホワイトボックスに仕上げていく必要があります。そのためには各分野の専門家と協力しながら、”データ”と”理論”の両面から検証を進めていく必要があります」
AIを用いた研究は、従来の研究手法とアプローチの仕方が異なるため、これまで重要視されてこなかったデータが「実は貴重な判断材料であった」と判明する場合もある。その因果関係について、より理解を深めるために、新たな研究課題が見つかるケースもあるという。
「今後、AIはさらに需要が増していく技術になると考えています。少子高齢化が進み、労働力が減少していく現代の日本において、データを効率よく扱えるAIは欠くことのできない技術です。今後も、先人達の叡智とシステムを融合する研究を進めていきたいと思います。当所は、幅広い分野に、数多くの研究者が集まる研究機関です。データを集めやすく、研究パートナーを見つけやすいことも当所ならではの強みといえます」技術が進歩すれば、それに合わせて研究の進め方も変化していく。篠原氏の研究は、それを端的に表した一例といえるだろう。
【用語解説】