気象予測は、日々の生活だけでなく、電力設備の保守・設計にも役立てられている。電力中央研究所の平口氏は、気象解析システムNuWFASの開発・改良に携わることで、電力設備を積雪や竜巻などの自然災害から守り、さらには太陽光や風力の発電量を正確に予測する研究に努めている。電力の安定供給や再生可能エネルギーの導入にも寄与する研究が今日も進められている。
地球工学研究所
首席研究員 工学博士 平口 博丸
平口氏が電力中央研究所に入所したのは1982年。当初は、港湾施設の耐波浪設計に尽力し、その後、アメリカの大気研究所(NCAR)にて地球の温暖化予測に従事した経歴を持つ。これらの経験を活かし、 2003年から現在に至るまで継続しているのが「気象予測」を「電気事業」に役立てる研究だ。
日本では気象庁が中心になって気象観測データの蓄積、ならびに気象予測を行っているが、これらの情報は人口の多い平野部に主軸を置いており、電力設備が立地する山岳部や沿岸部の情報は十分に整備されていない。つまり、「電力設備の防災」という観点では気象データが不足していることになる。
「こういった不足データを補完し、電力設備の防災支援を目的に開発された気象予測・解析システムがNuWFAS(※1)です。当所では、このシステムを使って過去53年間の日本全域の気象を再現し、詳細な気象データベースを構築しました。このデータは、雪害(※2)への対策をはじめ、竜巻、高波、高潮といった自然災害のハザード評価に役立てられています」
電力設備を設置する際は、実際に現地で気象データを観測して、各設備の防災設計に反映するのが従来の手法となる。しかし、気象観測にコストを要するだけでなく、局地風などのまれにしか起こらないデータは得られ難いといった課題が残されていた。
これについて平口氏は、「NuWFASにより解析した気象データを用いることで、これまで課題とされていた問題を解決できるようになりました。今後は、気象予測データの精度をさらに高めて、より実用的な気象解析システムに仕上げていく予定です」と語っている。
近年は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーも電源の一つとして注目を集めている。しかし、ある程度の規模になると「単に増やせばよい」という理論は通用しなくなる。太陽光や風力は天候に応じて出力が増減する、極めて不安定な電源と言わざるを得ない。刻々と変化する電力需要に追従しながら電力を安定供給していくには、火力発電による出力調整が求められる。こういった問題の解決にもNuWFASの気象予測データが活用できると期待されている。
「電力不足はもちろん、電力の供給過多によるトラブルにも備えなければいけません。火力や揚水により出力を調整するといっても限度があります。いちど火力を止めてしまうと、再稼働させるのにそれなりの時間を要します」
「特に、太陽光発電の導入が進んでいる九州や四国地方では、昼の1時頃の全出力の約80%が太陽光による発電となった事例もあり、その出力予測が急を要する課題となっています。各地の風速や日射量を正確に予測できるようになれば、火力や揚水の出力制御を事前に把握することも可能となり、再生可能エネルギーの接続可能量を増大させることができます」
平口氏は、大学時代に流体力学を学んだ経験が、地球工学の道を志すきっかけになったという。「流体力学はとても理路整然としていて、『なんて綺麗なんだろう』と感動したのを今でも覚えています。この経験が、35年以上も続く自身の研究へとつながっています」
研究に臨む姿勢については、「若い人はなるべく自由に、自分の思うがままに研究を進めてもらいたいと考えています。その一方で、ある程度の経験を積んだ中堅の研究者には、『視野が狭くなっていないか?』、『研究の方向性は大丈夫か?』といったマネジメントについても学んでほしい」と語っている。
さらには、「特定の分野を極限まで追究するのも一つの道ですが、私自身は2つ以上のスキルを融合させることに面白みを感じています。自身のスキルに『別のスキル』をプラスすることで新しい発見が生まれます。『別のスキル』は自分で新たに学んでも構わないし、他の研究者を巻き込んでも構いません。自分の外に興味を向けることが大切だと思います」との見方も示している。
近年は、「結果の見えやすい研究」を推奨する向きもあるが、電力中央研究所にはボトムアップで研究者が研究テーマを提案できる風土が今でも残っている。広い視野で、他の分野との連携を促す環境が、電力中央研究所ならではの研究成果を生み出している。
【用語解説】