空気の熱でお湯を沸かす、給湯システム「エコキュート」が商品化されたのは2001年5月。この商品開発に深く携わっていた研究者の一人が、電力中央研究所の齋川氏だ。超臨界CO2を冷媒にしたヒートポンプ式給湯機を世界で初めて商品化し、革新的な省エネ技術として注目されている「エコキュート」。その商品開発に至るまでの軌跡と、研究者のあるべき姿について伺った。
エネルギーイノベーション創発センター
首席研究員 博士 (工学) 齋川 路之
日本の一般家庭におけるエネルギー消費は、その約3割が「給湯」に用いられている。このことからも分かるように、家庭での省エネを促進させるためには、給湯システムの効率化は無視できない課題といえる。齋川氏らが開発した「エコキュート」は、大気の熱を取り込んでお湯を沸かすヒートポンプ式の給湯機であり、そのCOP(※1)は3.0以上。
つまり、使用した電気エネルギーの3倍以上の熱を取り出すことが可能な技術となる。火力発電所で使う燃料の一次エネルギーまで遡っても、燃焼式の給湯器に比べ、約3割の省エネルギーが期待できる。では、「エコキュート」はどのような経緯で誕生したのだろうか?
齋川氏が電力中央研究所に入所したのは1986年。フロン冷媒を使った給湯ヒートポンプの研究開発に従事したが、商品化には至らず、日の目を見ることはなかった。最初は「冷暖房」と「給湯」の機能を兼ね備えた、二段圧縮方式の高性能ヒートポンプの開発に挑戦するが、予想していたほどの効率が得られず、またコストが高くなりすぎることから商品化には至らなかった。
その後、「給湯」に的を絞り、業務用給湯機の開発へと方向転換するが、今度はフロンによるオゾン層の破壊が世界的に問題視される時代になり、再び商品化を断念せざるを得なかった。
このように成果の出ない研究を二度も繰り返した結果、一時はヒートポンプ研究の存続すら危ぶまれる状況に陥ってしまう。しかし、齋川氏は「基本的な方向性は間違っていないはず」と研究の存続を固持。「フロンが駄目なら……」と次は自然冷媒であるCO2に注目し、新たな研究開発に着手する。
「CO2は非常にユニークな特性を持つ冷媒で、お湯を作るには極めて優れた冷媒であることが判明しました。CO2は高圧で超臨界圧状態(※2)になり、水と冷媒の温度差が常に小さくなる熱交換が可能で、熱を水に移す際の無駄が少なくなります。そのため極めて高いCOPを実現できることが分かりました。となれば、あとは商品化に向けて突き進むだけ。基礎研究から始めて、電力会社・メーカーと共同で試作と試験を繰り返し、給湯ヒートポンプという意味では三度目の正直でようやく商品化に成功することができました」
こうして誕生したのが「エコキュート」だ。この技術は最も優れた特許に与えられる恩賜発明賞をはじめ、数多くの賞を受賞。省エネ化を促進する技術としてはもちろん、学術的にも優れた技術として広く認知されている。
現在は、電力中央研究所のヒートポンプ研究チームも拡充され、空調や給湯、冷凍・冷蔵分野での省エネが期待できる「無着霜ヒートポンプ」など、ヒートポンプをさらに優れた技術へと進化させる研究開発が続けられている。
齋川氏は30年以上にわたってヒートポンプの研究を続けてきた。その根底を支えているのは「ヒートポンプは筋の良い技術である」と確信していること。新技術の開発は、必ずしも成功するとは限らない。また、時代の変化が原因で研究成果を存分に生かせない場合もある。
それでも「ヒートポンプは研究を続ける価値のあるテーマ」と齋川氏は語る。過去の失敗体験についても、「私は能天気な部分があるのかもしれません。たとえ研究開発に失敗しても、ヒートポンプという技術そのものが無くなる訳ではない。だから、諦めるという発想は端からありませんでした」と語っている。
現在は首席研究員として、後輩の育成にも尽力する齋川氏は、若手の指導方針について次のように語っている。
「研究者といっても、その本質は他の分野のビジネスパーソンと変わらないと思います。理解・企画・伝達の3つがキーワードになるのでは。自分が置かれている状況・立場や世の中の動向を理解し、頭を使って行動を起こす。そして、それを形にして伝える。状況を冷静に俯瞰しながら研究に取り組むのが基本です。その一方で、当たり前の研究をするのではなく、もっと無茶をしろ、ともよく言っています。少し矛盾しているかもしれませんが、自分の状況を把握した上で “面白そうな研究”に果敢に挑戦する。そういう姿勢が後々の成功につながっていくと考えています。時には、私が責任をとるから……と若手の冒険心を焚きつけることもあります」
研究所に課せられた使命は、社会に役立つ技術を生み出すこと。しかし、個々の研究が必ずしも成功に終わる、という保証はどこにもない。
革新的な技術を生み出すには、長期的な視野で研究者を見守る、懐の広い組織運営も欠かせない要素となる。今回の「エコキュート」の事例は、それを物語る一つの好例といえるだろう。
【用語解説】