エネルギー利用効率の向上や電化を促進し、脱炭素社会を実現する上で、パワーエレクトロニクス電力変換機器の性能向上は欠かせない。中でも、SiC(炭化ケイ素)を使ったパワー半導体は低損失な電力変換が可能で、機器の高効率化に貢献できるとされる。電力中央研究所もこうした特徴に着目。電力設備などへの適用に向けて研究開発を推進し、成果を創出してきた。研究を主導してきたエネルギートランスフォーメーション研究本部 材料科学研究部門の土田秀一研究参事に、電中研におけるSiCパワー半導体研究の経緯や成果を解説してもらうとともに、インタビューで今後の目標なども語ってもらった。
・電中研がSiCパワー半導体分野の研究に取り組む意義は。
「持続可能な社会の実現に向け、CO2排出量削減が電気事業も含め求められている。また、電力変換・利用の高効率化という面でもSiCパワー半導体の重要性が高まってくる。電中研として、これらに貢献していきたい」
・この分野の研究に携わった経緯を。
「1992年の入所以来、一貫してSiCの材料開発に取り組んできた。入所時に配属されたのが、新素材を用いた電力機器に関する研究を行う部署だった」
「部署の中では、将来の電力系統においてパワーエレクトロニクスが重要な役割を果たすと考え、電中研もSiCという新たな研究に乗り出した。その中で、長きにわたり研究を積み重ねることができたのは、幅広い研究者が所属し、多様な視点や研究設備を有する電中研の新たな挑戦の成果だと考えている」
・印象に残っている研究はあるか。
「膜の高品質・高速製造に向けた成膜装置を自身で設計し、それを用いて研究できたことが非常に印象に残っている。従来の成膜における問題点を発見できたほか、共同研究による成果創出にもつながったと感じている」
・今後の研究方針や目標を。
「ガス法を用いた製造を実用化できれば、電気事業および社会への波及効果も大きく、なんとしても実現に結び付けたい。量産化に向けた課題の解決に向けて、ガス法による製造を長時間安定して持続させるための技術開発を進めていく」
パワー半導体は、直流・交流や周波数の変換など電力制御に用いられる。電力系統では発電機励磁装置や送電網の交直変換、再生可能エネルギー・蓄電システムの系統連系、民生品では電気自動車(EV)や省エネ電化機器など、その用途は発電から電力消費に至るまで幅広い。
パワーエレクトロニクス電力変換機器の適用例
一方、こうした電力制御には変換時に電力損失が存在する。これを低減できれば、極めて大きな省エネ・二酸化炭素(CO2)排出量削減効果が見込めると同時に、高効率化に伴う電化促進効果も期待される。
これらを実現する新型パワー半導体の一つとして期待されているのが、SiCパワー半導体。シリコンを使う従来のものと比べて、ロスは約10分の1、耐電圧は約2.5倍、動作周波数は約10倍といったポテンシャルを有する。
構造は、SiC単結晶の塊(インゴット)をパワー半導体の基板となるウエハーと呼ばれる薄く平らな形状に分割。その上で、基板上に新しく単結晶の薄膜を成長させる。これに電極・絶縁膜形成などのデバイス加工を施すことにより、パワー半導体として製造する。
1980年代後半にはこうしたSiCパワー半導体の強みが研究で示され始めていた。国内の大学で、基板と同じ結晶型を有するSiC単結晶膜を成長する手法の発明がなされた。91年には小口径のSiC単結晶基板の市販も行われるようになっていた。電中研も、90年代初頭から電力機器に適用することを想定し調査を開始した。
その結果、電力機器に適用が可能な数kV以上の耐電圧を持ったSiCパワー半導体素子を実現するためには、厚さが数十㎛以上で高純度のSiC単結晶膜を形成できる高速成膜技術が必要なことが分かった。
さらに素子の大容量化に向け、低欠陥密度のSiC単結晶膜を形成するための高品質化技術が求められることも判明。こうした民生用機器とは異なる性能が必要な電力機器向けSiCパワー半導体の技術を先行して確立するため、電中研は90年代前半から研究開発を開始した。
SiCパワー半導体の製造工程
SiCパワー半導体に関し、高速・高純度な成膜技術など多くの成果を創出してきた電中研。この分野で近年、特に力を入れているのがSiC基板を切り出す「インゴット」の高速製造技術だ。
インゴットは単結晶膜とともに、SiCパワー半導体を形成するウエハーの素材となる。今後、社会からのニーズ急拡大が確実視されているSiCパワー半導体の需要量に応えていくには、単結晶膜だけでなくインゴットの生産性や品質を高めていくことが求められる。
こうした背景を踏まえ、電中研が開発を進めているのが、「ガス法」と呼ばれるインゴット製造技術だ。現在の主流であるSiC粉末を加熱によって気化させてインゴットをつくる「昇華法」は、従来型のパワー半導体の素材であるシリコンの「引き上げ法」に比べて、大幅に製造効率が劣っており、SiCパワー半導体の普及に向けた課題となっている。
ガス法では、原料のSiC粉末をガスによって吹き付けることでインゴットを製造する。電中研は、2009年に企業とガス法に関する共同研究を開始し、昇華法の約10倍となる1時間当たり3㎜の製造速度を発揮しつつ、欠陥密度も低い高品質なインゴットを製造することに成功した。SiC単結晶基板の大幅な生産性向上につながる画期的な成果となる。
ガス法の量産適用に向けて、21年より国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の先導研究プログラム※を実施し、ガス法SiC結晶製造装置の炉内状態を正確に再現できるAI(人工知能)モデルを構築。シミュレーションの結果とAIモデルの予測結果を比較した結果、温度の誤差は約0.1%、流速の誤差は約1%と、十分に実用可能な予測精度を持っていることを確認した。
従来のシミュレーションでは、炉内状態を予測するために2~3時間が必要。AIは1秒程度で予測を算出できるため、様々な条件における製造過程を調べられ、量産化に最適な条件を見出すための技術開発の大幅な効率化が期待できる。
※「NEDO先導研究プログラム/マテリアル革新技術先導研究プログラム/ SiCバルク成長技術の革新に向けたプロセスインフォマティクス技術の研究開発」
SiC単結晶インゴットの製造手法
厚く、高純度で電力機器に適用可能なSiCパワー半導体関連技術の確立に向け、電中研は特に成膜関連での研究開発を積み重ねてきた。
1995年に市販の成膜装置を導入後、97年には独自設計のSiC単結晶成膜装置を導入。この装置は成膜のためのガスを垂直方向に流す「縦型」で、当時は「横型」の装置が主流であったため、新しい設計だった。これを使い始めた頃から良いデータが出るようになり、研究開発が軌道に乗り始めた。その後、2002年には大口径基板に対応するために大型化した成膜装置を設置し、高速成膜や高純度な膜生成で多くの研究成果を発表してきた。
05年からは、他の研究機関や企業との共同研究開発活動を本格化。様々な研究機関や企業と研究を重ね、15年には複数の企業との共同研究において、高い均一性と低い欠陥密度を有する高品質SiC単結晶膜を高速で製造できる技術の確立に成功した。
共同開発では、新しい製造装置「縦型・枚葉式SiCエピタキシャル成長装置」と独自の成膜技術を開発。製造装置では、ウエハーを高速回転させることなどにより、直径150㎜のウエハーに対し、1時間当たり50㎛超と従来比5~10倍となる高い成膜速度を達成した。急速加熱・降温技術やウエハーの高温搬送技術とも組み合わせることで、高効率製造も可能にした。厚さと純度の面でも10kV以上の耐電圧に相当する160㎛厚のSiC単結晶膜を作製することにも成功した。
品質の面でも優れた成果を示した。製造過程で膜内に生成される欠陥密度が1cm四方当たり0.02個と、従来比5分の1以下となる良好な結果が得られた。成膜条件の改良により、デバイス作製に重要な影響を与える「ウエハー面内均一性」も向上した。
この共同開発により、特に大電流容量が求められる電気自動車(EV)や高速鉄道、再生可能エネルギー連系装置などに適用可能な高品質SiC単結晶膜の製造技術を確立できた。この技術は、共同研究の参画企業を通じて、国内外におけるSiCパワー半導体の製造や応用先であるEVや燃料電池自動車の高性能化にも貢献している。
共同開発した縦型・枚葉式SiC単結晶膜製造装置の外観写真
電気新聞 2024年3月11日掲載