概要
背景
長期エネルギー需給見通し(2015年7月)では、2030年断面の原子力発電の電源構成比を20~22%としているが、そのためには原子力の維持・活用が重視されている。一方、これが達成されなかった場合に、我が国の経済にどのような影響が及ぶのかを詳細に研究した成果は多くない。
目的
原子力発電の電源構成比の見通しが達成されないことが、2030年までの我が国の経済にどのような影響が及ぶかを検討する。具体的には、当所で開発したマクロ計量経済モデル、産業連関モデル、エネルギー間競合モデルを用い、2030年断面の原子力発電比率が長期エネルギー需給見通しで想定された22%から、仮に7%ポイント程度低下し、その不足分をLNG火力や再生可能エネルギー電源で補てんした場合(以下、LNG補てんケース/再エネ補てんケース)と、長期エネルギー需給見通しで想定するエネルギーミックスが達成された場合(長期エネルギー需給見通しにおける省エネ徹底ケース;以下、基準ケース)との間で、実質GDPや業種別の生産額、設備投資額、CO2排出量、電力コストにどのような差が生じるかを示す。
主な成果
1. 実質GDPへの影響
2030年断面の実質GDPは、基準ケースと比べLNG補てんケースで約2.5 兆円、再エネ補てんケースでは約2.7兆円、それぞれ減少する(図1)。実質GDPの減少は、化石燃料輸入の増加に伴う輸入増や、電気料金上昇を通じた物価上昇に伴う実質所得の減少がもたらす消費減、物価上昇を通じた国際競争力(海外価格/国内価格)の低下による輸出減や投資減、などにより生じる。なお、2017~2030年までの累計では、実質GDPの減少は両ケースで約11~13兆円となる。
2. 業種別の生産額等への影響
業種別に見た実質生産額の減少は、2030年の基準ケース比で、LNG補てんケースでは製造業で約3.0兆円、第三次産業で約1.7兆円、再エネ補てんケースでは、製造業で約3.3兆円、第三次産業で約1.9兆円となる。いずれのケースにおいても、その影響は製造業で大きい。両業種をあわせた減少分(4.7~5.2兆円)を名目値に換算すると、約6兆円程度となる。内閣府資料によると、法人税率1%は約3,900億円の税収に相当することから、この生産額の減少は、法人税率約15%分の税収に相当する。
また、2030年までの累計でみた設備投資額の減少は、両ケースで約2.3~2.5兆円となる(図2)。生産額と同様、いずれのケースにおいても製造業で影響が大きい。
このように、相対的に大きな影響が生じる製造業を、素材産業、機械産業、その他の3業種に分けて生産額の減少分を比較すると、エネルギー多消費である素材産業(0.9~1.0兆円)以上に、機械産業(1.8~2.0兆円)の影響が大きい。これは、機械産業を中心とした輸出比率の高い産業で輸出減の影響を相対的に大きく受けるためであり、原子力発電の電源構成比の見通しが達成されないことは、日本経済を牽引する機械産業に大きな影響を与える可能性がある。
3. 家計への影響
所得の代理指標として用いられる一人あたりGDPは、2030年断面で、両ケースで約2.1~2.3万円減少する。我が国の消費税収は、2017年度に17兆円程度見込まれており、一人・一か月あたりに換算すると、約1.1万円程度となることから、この減少額は、約2か月分程度の負担感になる。
4. CO2排出量や電力コストへの影響
CO2排出量を比較すると、基準ケースで想定される24.9%減(2013年比)に対し、LNG補てんケースでは23.5%減(同)にとどまる。経済規模が若干縮小するものの、原子力発電比率の低下がもたらす化石燃料増により、結果としてCO2排出量が増加する。
電力コストを比較すると、基準ケース(9.4兆円)に比べ、LNG補てんケースでは、追加的な化石燃料の輸入増により、また、再エネ補てんケースでは、FIT電源の買取費用の拡大により、電力コストが0.5~1.5兆円程度上昇する。長期エネルギー需給見通しで想定された2030年の電力コストの目標を達成する上で、原子力発電が重要な役割を果たすことが確認できる。
キーワード
長期エネルギー需給見通し、原子力発電比率、経済影響、CO2排出量、電力コスト