概要
背景
カーボンニュートラルへの対応が進む中で、国内の企業は生産技術を脱炭素に適応したものへと大きく転換することが求められており、このような変化は地域の産業構造や電力需要に大きな影響を与える可能性がある。特に、自動車産業は国内において広範な関連産業を持つ総合産業であり、電動車の普及による生産技術や調達地域の変化は、地域の様々な産業における生産や電力需要に広範な影響をもたらすことが予想される。
目的
2015年都道府県多地域産業連関モデル(MRIO モデル:multi-regional input-outputmodel)を利用して、国内の自動車生産が地域経済や電力需要に与える影響を明らかにするとともに、内燃機関車から電動車に置き換わることによる生産技術や部品調達構造の変化が地域の電力需要に与える影響を定量的に示す。
主な成果
1.2015年都道府県多地域産業連関モデルによる電力需要の構造分析
都道府県が公表している最新の産業連関表である2015年表に整合的になるように各県間の取引構造を推計することによって、 都道府県単位の多地域産業連関表(MRIO:multi-regional input-output table)[1]を作成するとともに、県別・産業別の電力需要を把握できるデータを整備した。 ある最終製品、例えば自動車を生産する場合には、組み立ての際に必要となる溶接や生産ラインを動かすために電力が必要になるだけではなく、車体の原材料となる鋼板や、 エンジン用のアルミ合金の鋳造等、各種自動車部品を構成する素材を生産する際にも電力が必要になる。このように最終製品を生産するために、 直接・間接に必要となる電力需要を本資料では「電力誘発需要」と呼ぶ。MRIOに基づいたモデルによる波及効果分析によって、 各県における電力誘発需要がどのような最終需要(消費、投資、輸出)の生産に対応して生まれたものかを把握することが可能となる。 そこで、各県の電力誘発需要の特徴を最終需要の元となる地域に着目して4つのグループに分類した(図1)。 県によって電力誘発需要の要因となる最終需要地域が異なっていることから、各県の産業用電力需要を見通す上で着目すべき点が、県内における人口や経済動向等の県内要因なのか(Ⅲ)、 あるいは他県の人口や経済動向等の国内要因なのか(Ⅰ、Ⅱ)、輸出動向に関わる産業の国際競争力要因(Ⅰ、Ⅳ)なのか等を明らかにすることができる。
2.自動車生産による電力誘発需要
国内の自動車注)生産に伴う原材料投入の需要の波及は、その原材料を生産するための電力需要を誘発する。 MRIOの分析による2015年の国内の自動車生産に伴う年間の電力誘発需要(自家発電を含む)は、 中部と関東で突出して規模が大きくなっており、中部では自動車生産による電力誘発需要の割合が産業用需要の8%に達している(図2)。 各地域の電力誘発需要には、自地域の自動車生産によって生じるものに加えて、他地域の自動車生産によって生じるものが含まれており、 後者は他地域の自動車生産に直接・間接に必要となる原材料を供給するために使われる電力である。自動車を生産しているどの地域においても、 他地域の自動車生産による電力誘発がかなりの割合で存在し、自動車の生産規模が大きい中部や関東でも他地域の自動車生産による電力が30~40%に達するほか、 関西では他地域の自動車生産による電力誘発需要が全体の80%を超えている。
3.自動車の電動化による電力誘発需要への影響
内燃機関車の生産費用に、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、電気自動車(EV)の増加部品の費用(モーター、パワーコントロールユニット、 車載用蓄電池等)を加え、EVについては、減少部品(内燃機関関連部品、駆動・電動及び操縦部品等)の費用を差し引くことによって、電動車の費用構造を推計した(図3)。
2015年における各県の自動車生産台数を保持したまま、全て内燃機関車を生産する基本ケース(base)に対して、全ての生産が電動車に置き換わり、 その内訳をHV、PHV、EVを1/3ずつとした際の電力需要に与える影響を分析した。この際、電動化に伴う増加部品の調達地については、現在の自動車部品の調達構造と同様とした場合(sim1)と、 自動車の電動化にともなって部品の海外調達が進展することを想定して、電動車の増加部品は全て輸入によって調達する場合(sim2)という2パターンについて計算を行った(表)。計算結果では、sim1、sim2ともに内燃機関車がEVに置き換わる分だけ、関連部品の生産減少に伴う電力需要の減少や、その原材料となる鉄鋼等の素材の製造時に使用していた電力需要の減少が生じる。この一方で、sim1では車載蓄電池を始めとする電動車の増加部品の国内生産に伴う電力需要が増加するのに対し、増加部品が海外からの輸入となるsim2ではこの効果は海外で生じるため、国内地域の電力増にはつながらない。その結果、各地域においては、sim1ではbaseよりも大きく電力需要は増加する一方で、sim2ではbaseよりも電力需要は減少する(図4)。
また、電動車の内訳が全てEV となる場合には、HV、PHV、EVを1/3ずつ生産した場合(1/3ケース)よりも、sim1ではより大きな電力需要が誘発される一方、 sim2ではより大きな電力需要の減少が計測された(図5)。この結果は、sim1では、EVの増加による内燃機関等の部品減少の効果を、 車載蓄電池の生産増による効果が上回ることによって生じており、sim2では、蓄電池の生産増加が国内では発生しない中で、 部品減少の効果が、1/3ケースよりも大きくなることから生じている。今回のシミュレーション設定では、電動車生産におけるEVの割合の増加は、 他の電動車よりも電力需要を増加させる可能性も、減少させる可能性もあり、それは車載蓄電池をはじめとする増加部品の調達構造に大きく依存することがわかった。
今後の展開
カーボンニュートラルに向けて、エネルギー消費量の多い素材産業による新技術の開発や、産業部門の輸送における電気自動車の導入など、 国内の産業においては、様々な形で脱炭素のための技術変化が加速するものと予想される。新しい技術の導入は既存工場の再編や集約をもたらし、 製造過程における調達先に変化を及ぼす可能性もある。このような技術変化や交易構造の変化がもたらす、 地域経済、電力需要に与える影響をMRIO モデルにより明らかにする。 さらに、MRIOを基礎データとして地域計量経済・産業連関モデル[2]や空間一般均衡モデル[3][4]を作成することにより、 製造拠点の空洞化や人口減少と高齢化等の進展、税制変更の地域経済及び地方政府への影響等、地域における環境変化が地域の経済及び電力需要に与える影響を分析する。
キーワード
人口減少、インフラストラクチャー、コンパクトシティ、自治体