トランプ大統領は6月1日の演説で、パリ協定からの脱退を表明した。その約1か月後の6月29日にはエネルギー省で演説し、エネルギー輸出を通じた「支配力」の拡大を掲げた。今回はこの2つの演説を取り上げる。
パリ協定からの脱退表明については、その衝撃の大きさに比べ、実際の意味合いについては未だ不透明である。なぜならば、トランプ大統領自身が、演説の中で「米国にとって公平な条件で、パリ協定または全く新しい取り決めに再加入するための交渉を開始する」と将来に含みを残したためである。ただし、再加入交渉が何を意味するのかは今のところ明らかではない。
この点は6月29日の演説でも繰り返された。「アメリカの雇用、企業、労働者を守るために、パリ協定から脱退した」と述べた後に、「多分、いつか戻るだろう。しかしより良い条件においてだ」とも述べ、「条件次第で再加入」というスタンスを維持した。
トランプ政権が何を公平な条件と考えているのかは明確ではない。脱退表明前、政権内部は脱退派と残留派に割れていたが、残留派はオバマ政権が掲げた削減目標(2025年に2005年比で26~28%削減)の引き下げを残留の条件としていた。目標緩和は「公平な条件」の一部とみられるが、これで十分かは不明である。
トランプ政権には公平な条件を探るための時間がある。協定には脱退規定があり、協定発効時から3年後(2019年11月4日)以降に脱退を通告でき、その1年後に脱退が完了する。そのため、正式脱退は最も早い場合でも2020年11月4日、奇しくも次の大統領選挙の翌日である。
脱退表明は正式脱退ではなく、手続きが完了するまで何が起きるかは分からない。ただし、一転して協定に残る場合でも、オバマ前政権の削減目標は維持されないだろう。
続いて、「エネルギー支配力」についての演説を見る。
最大のポイントは、エネルギー輸出の拡大を「支配力」(dominance)と捉えた点である。トランプ大統領は選挙戦中に、「エネルギー支配力を戦略、経済、外国政策の目標と位置付ける」と発言したが、その後、この言葉はほぼ使われなかった。代わりに用いられていたのは「エネルギーの独立」である。大統領は3月28日に、国産エネルギーの開発と利用を阻害する全施策をレビューする大統領令に署名したが、その表題にもエネルギーの独立が使われた。
今回、トランプ大統領は、「独立だけではなく、支配力を目指す」と宣言し、政府がエネルギー開発を促進する必要があるとした。その上で、具体的施策として、①原子力の復活と拡大に向けた政策レビュー、②高効率な海外石炭火力へのファイナンスに対する障壁への対処、③メキシコへの石油パイプラインの建設認可、④韓国との天然ガス輸出交渉、⑤レイクチャールズLNGターミナルからの輸出追加の認可、⑥大陸棚における石油天然ガス開発の新たなリースプログラムの創設を掲げた。
輸出拡大は輸入国側から見たときには米国の支配力拡大を意味するとは限らない。供給源の多様化で、資源調達の自由度が高まることもある。その場合、他の資源国が輸入国に及ぼす影響力が弱まることが考えられる。トランプ大統領は、輸出拡大は友好国や同盟国に真のエネ安保を与えるものと述べており、これを狙っているのかもしれない。
今回の演説はエネルギー輸出を外交戦略に位置付けるとの意思表明であり、今後、日本を含む各国との外交の中でどのように位置付けられるのか注視が必要である。
電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員 上野 貴弘
電気新聞2017年7月5日掲載
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