米国議会下院の気候危機特別委員会は、6月30日に「気候危機行動計画」と題する報告書を発表した。同委は18年11月の中間選挙で下院の多数派が共和党から民主党に移った際に創設され、気候政策の提言を作成する役割を担っている。
報告書は、議会で立法すべき気候変動対策を、500ページ以上にわたって包括的に取りまとめたものである。立法には議会の上下両院での可決に加えて、大統領の署名が必要であるが、上院は共和党が多数派であり、気候変動対策に否定的なトランプ氏が大統領であることから、現時点では、特別委報告書の内容が法律として成立する可能性はない。しかし、11月の選挙で民主党のバイデン氏が大統領に当選し、上院も民主党が多数派となれば、議会が報告書の実現に動き出す。米国の立法過程は複雑で、多数派の思い通りになる訳ではないが、報告書は、議会民主党による選挙後の立法構想と見ることができる。
特別委報告書は、50年までに経済全体の温室効果ガス排出を正味ゼロにするとの長期目標を掲げた上で、その実現のために、12の柱を提示し、それぞれの柱の下に多数の個別施策を位置づけた。個別施策の中で注目すべきものを見ていく。
電力部門については、40年までに排出を正味ゼロとすべく、電力会社にクリーンエネルギー基準を課すことを提案した。販売する電気の一定割合をクリーンエネルギー由来とするものであり、クリーンエネルギーには、風力や太陽光だけではなく、原子力、水力、炭素回収利用貯留付きの化石燃料発電等も含まれる。
米国では運輸部門が電力部門を上回る排出量となっているが、新車の排出基準値を26年からの5年間で、前年比で6%以上の削減とすることを提案した。
鉄鋼、アルミ、セメントなどの排出集約型の産業に対しては、生産量あたりの排出量基準を課し、基準値を正味ゼロに向けて徐々に強化するとの措置を提示した。さらに、これらの産業に基準または炭素価格を課す場合、排出の海外移転を避けるべく、国境調整メカニズム(輸入関税と輸出補助金)も併用するとした。
なお、炭素価格は「他の政策を補完するツールの1つ」という位置づけに留まっており、具体的な制度案は示されていない。
そのほかにも、イノベーションの促進、二酸化炭素以外のガスの削減、気候影響への適応などが報告書で取り上げられている。
特別委報告書によれば、提言の主要部分による削減効果は、30年に05年比で40%減、50年に同88%減とのことである。残りの12%分は海運・航空、産業プロセス、農業などの脱炭素化が困難な部門の排出であり、これらの部門ではイノベーションが重要とされた。
大統領選挙に向けては、予備選を争ったバイデン氏とサンダース氏の共同タスクフォースが気候変動対策の提言を7月8日に公表した。全20ぺージの簡潔な文書で政策の方向性を示すものであるが、具体的な目標として電力部門の排出を技術中立的な基準によって35年までにゼロとし、全ての新築建物を30年までに正味ゼロ排出にすることを掲げた。
これらの提言が実現するかは選挙結果次第だが、民主党が大統領と議会の両方を握れば、気候政策は大転換するものと見込まれる。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
電気新聞2020年7月14日掲載
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