バイデン大統領は4月22日に、米国主催の気候サミットに合わせて、2030年に2005年比で50~52%減との温室効果ガス削減目標を発表した。米国政府が同日に国連に提出した文書によれば、経済部門別に削減経路を検討した上で、モデルを用いて米国全体での排出見通しを計算し、その結果を外部機関によるモデル分析結果と比較した上で、目標を定めたという。しかし、その詳細は提示されておらず、具体的な国内政策はこれから整えていくことになる。
目標の達成に不可欠となるのは、電力部門の脱炭素化の加速である。バイデン政権は、電力部門に対しては、2035年までのゼロ排出化を実現するために「クリーン電力基準(CES)」を設定した上で、再エネ、炭素回収貯留(CCS)、蓄電等に税控除を認め、導入拡大を後押しする方針を示している。最近では、原子力発電所の早期廃止を防ぐために、税控除を認めるべきとの意向であることも報じられている。
バイデン政権の立場は、「技術中立」的に削減を加速させることである。平たく言えば、2030年目標の達成にはあらゆるゼロ排出技術を活用する必要があり、技術を選り好みする余力はないということである。バイデン大統領は選挙公約で、CESを技術中立的に定めるとした。
CES及び各種技術への税控除等の支援を実現するには、議会を通じた立法が必要となる。現在、連邦議会の上下両院ともに民主党がぎりぎりの議席数で多数派となっており、法案の成立には民主党議員のほぼ全員の賛成が不可欠となる。
しかし、民主党は一枚岩ではない。大半の議員が、バイデン政権の方針に賛成すると見込まれるが、党内の「保守派」と「進歩派」は無条件には賛成しない。
保守派議員は、地元に化石燃料産業があり、脱炭素化の加速で、地元の経済と雇用に悪影響が及ぶことを懸念している。その筆頭格が産炭州であるウェストバージニア州選出のマンチン上院議員であり、2035年までという急速なゼロ排出化に反対する可能性が高い。
他方、進歩派議員は、バイデン政権が打ち出す技術中立の方針に反発する可能性がある。進歩派の筆頭格は民主党の大統領候補を選ぶ予備選で善戦したサンダース上院議員であるが、予備選では2030年までに全量再エネとすることを公約し、CCSや原子力発電を認めない方針を示していた。5月には、環境団体の中でも左派的な団体が、CESは「再エネ基準」であるべきで、原子力やCCSを含むべきではなく、全量再エネの達成時期は2030年であるべきとの書簡を民主党の議会指導部に送付した。
政権の方針が民主党の主流ではあるが、法案の議会通過には保守派と進歩派の支持が不可欠であり、その両者が相反する方針を有していることから、合意形成は相当に難航すると見込まれる。カギとなるのは、保守派に対しては「脱炭素化で失業する化石燃料産業の労働者への手厚い支援」、進歩派に対しては「マイノリティや貧困層等への環境支援優遇」とみられるが、これらでつなぎとめられるかは分からない。
立法に成功すれば、2030年目標の達成に一歩近づき、失敗すれば達成は相当に遠のく。目標の実現に向け、政権の手腕が問われる。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
電気新聞2021年5月25日掲載
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