米国の連邦議会上院は、現地時間の8月7日午後に「インフレ削減法案」を可決した。同法案は10年間で財政赤字を約3千億ドル削減することで、インフレの減速を狙う。内訳を見ると、法人税の最低税率の設定と処方箋薬価の引き下げ等によって、財政赤字を約7千億ドル減らした上で、それを原資として「エネルギー安全保障と気候変動」の分野に、税控除や補助金等を通じて、3,700億ドル(約50兆円)を投じる。
エネ安保も謳うが、主たる支援対象は気候変動対策であり、前例のない規模であるため、米国初の本格的な気候変動立法と捉えられている。また、そうでありながらも、エネルギーや炭素とは関係のない財源である点は興味深い。
今後、議会下院が法案を可決し、バイデン大統領が署名すれば、正式に成立する。現在、下院は夏季休会中だが、ペロシ下院議長は8月12日に臨時の本会議を招集する見込みであり、近日中に法案が成立する可能性が高い。法案の支援対象を詳しく見ていこう。
支援総額の4割強(1,600億ドル)がクリーン電力に対する税控除である。再エネ発電等の事業者に課せられる税金を控除することで、導入を後押しする。原子力発電に対しても、2024年から2032年まで税控除が適用される。事業者が労働者賃金の要件を満たさない場合に控除が小さくなるルールが盛り込まれるなど、労働条件の改善も企図されている。また、設備が国産化率の要件を満たす場合、控除が上乗せされる。
クリーン電力の導入を支える製造業への支援も手厚い。太陽光パネル、風力タービン、蓄電池等の生産や重要鉱物処理に税控除を認める。10年間で300億ドル程度と想定されている。
消費者が電気自動車や燃料電池車を購入する際にも税控除が適用される。10年間で89億ドルを見込むが、控除が認められるのは、バッテリに使用される重要鉱物の一定割合が米国と自由貿易協定を締結している国で抽出されるか、北米で再利用されたものである場合とバッテリの部品の一定割合が北米で生産される場合に限られる。サプライチェーンのリスクを考慮したためと考えられる。
住宅への再エネやヒートポンプの導入にも税控除が認められ、10年間で345億ドルと想定される。
炭素回収貯留(CCS)は、火力発電や素材産業の脱炭素化に寄与するが、2032年までに建設開始した施設を対象に既存の税控除を延長する。支援規模は10年間で32億ドルと推定される。
クリーン水素も、様々な部門の脱炭素化に必要であり、ライフサイクル排出量に応じた税控除が認められる。10年間で132億ドルの控除を見込む。再エネや原子力の電気で水を電気分解する施設の場合、発電と水素の両方に税控除を適用可能だが、天然ガス改質とCCSを組み合わせる場合には、どちらか一方の控除しか使えない。
法案が成立すれば、2030年の温室効果ガス排出量が2005年比で約40%減と見込まれる。パリ協定の下で掲げる目標(50~52%減)には届かないが、未成立の場合、25~30%減に留まると推定されており、目標達成に向けて大きな前進となる。法案成立後は、残りの10%分を、規制や州の取組で、どう埋めるかが課題となる。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
電気新聞2022年8月9日掲載
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