炭素除去への関心が欧米で高まっている。炭素除去とは、大気から二酸化炭素を取り除き、地中や海洋、生物などに貯留する手段である。カーボンニュートラル(CN)は、人間活動による排出と除去が同量となる状態であり、その実現には、クリーンエネルギーの導入などで排出を可能な限り減らした上で、削りきれない残余排出を除去で均衡させる必要がある。
除去の手法は、①直接空気回収貯留(DACCS。装置で空気から回収した炭素の地中貯留)、②バイオマスCCS(BECCS。バイオマスと炭素回収貯留の組み合わせ)、③バイオ炭(バイオマスの炭化による炭素固定)、④大型海藻養殖(海藻に取り込んだ炭素の海底貯留)、⑤風化促進(岩石の炭酸塩化)、⑥植林(樹木の炭素固定)等である。実用化に向けた課題は手法ごとに異なるが、コスト、除去量の定量化、炭素固定の永続性のモニタリング、環境影響の解明などがよく指摘されている。
炭素除去はすぐに大量導入すべきものではなく、2050年に向けて徐々に役割が高まるものである。この位置付けを踏まえ、除去の需要を創出する動きが、2つの側面で活発になっている。
第一の側面は、企業の自主的取組である。CNの実現時期は社会全体では2050年であっても、企業単位では業種や各社が置かれた状況によって異なる。
近年、一部の企業がCNを2050年よりも先だって実現する立場にあると自任し、他社からの除去の購入を表明している。たとえば、マイクロソフトは、2030年までに、自社とそのサプライチェーンの合計排出量を上回る量の炭素除去を購入すると掲げ、植林を中心としつつ、DACCSやBECCS、バイオ炭による除去の購入契約を様々な企業と結んでいる。最近では、5月22日に、デンマークの電力会社オーステッドからBECCSによる除去を11年間で276万トン分、購入すると発表した。また、JPモルガン・チェースは5月23日に、DACCS等による80万トン分の除去を購入し、2030年の自社残余排出と均衡させると表明した。
他方、2050年に至っても排出が残余すると見込まれる業種にとっては、炭素除去はCN下での事業継続に不可欠であり、一部の企業は先行投資を開始した。たとえば、航空は排出が残余しやすい代表的業種であり、エアバスは4年間で40万トン分のDACCSによる除去を先行購入しつつ、欧州等の航空7社と、除去の供給について交渉している。
第二の側面は、政策による需要創出である。EUは現在、2040年の削減目標を検討中であり、その決定後に排出量取引制度の見直しに着手する。2050年CNの10年前であることから、除去クレジットの役割が高まると見込まれ、欧州委員会が2026年7月末までに、除去を排出量取引に組み込む法案等を検討することになった。
米カリフォルニア州議会では、大排出企業に自社の排出量の一定割合に相当する除去クレジットの購入を義務付ける法案を審議中である。割合は2030年に1%、2035年に8%、2040年に35%、2045年に全量と、2045年のCN実現に向けて増加させる。
日本でも商社や海運会社による先行事例があり、CNの実現に向け、一層の除去推進と政策的な後押しが期待される。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
電気新聞 2023年5月30日掲載
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