昨年成立した米インフレ抑制法(IRA)に、欧州連合(EU)が強い懸念を示している。同法は各種のクリーンエネルギー技術の製造と導入を、主に税額控除を通じて支援するものであり、10年で3,690億ドルの政府支援を見込む。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
EUが反発しているのは一部の税額控除に課している原産国要件である。代表例は消費者が購入する電気自動車(EV)への税額控除であり、「北米」での最終組み立てや、バッテリで使用する重要鉱物の一定割合を「米国、または米国と自由貿易協定を締結している国」で抽出・処理することなどを要件としている。
EUは「北米」でも「米国と自由貿易協定を締結している国」でもないため、EU各国から米国に輸出するEVやバッテリには税額控除は適用されない。その結果、欧州企業は米国での増産や工場建設を検討することになる。企業としては合理的な行動だが、EUとしては、雇用と投資が米国に流出することを意味し、座視できない。
EUは昨年10月に米国との間でタスクフォースを設置して協議を重ね、3月10日に、バイデン大統領とフォンデアライエン欧州委員長が、重要鉱物に関する協定の交渉を開始すると発表した。EUで抽出・処理した重要鉱物をEV税額控除の要件に算入できるようにすることが狙いである。
IRAは他にもクリーン発電の税額控除に対して、発電設備に使用する鉄鋼と製品の一定割合が米国産である場合に税額控除を上乗せする仕組みや、蓄電池・風力タービン・太陽光パネルの部品生産に対する税額控除を設けている。
このように、IRAは米国での製造を強く誘導して自由貿易を歪めるおそれがあり、EUを始めとして、各国が懸念しているが、逆手にとって活用する道はないだろうか。筆者は、IRAが日本に裨益する可能性があると見ている。
ポイントは米国内向けと輸出向けを区別せずに、税額控除が適用されるかどうかである。
たとえば、IRAはクリーン水素の生産に最大で、1kgあたり3ドルの税額控除を与えるが、輸出向けを除外する規定はない。米国でクリーン水素を税額控除付きで製造し、アンモニアに転換して日本に輸出することも可能と思われ、日本から見ると、税額控除分だけ安く調達できる。
他方、産業施設からの回収炭素の再利用には、最大で1トンあたり60ドルの税額控除が適用されるが、米国における「利用」に限定される。回収炭素とクリーン水素からメタンなどの燃料を合成し、日本に輸出する場合、米当局が米国での燃料合成を利用と見なせば、水素と炭素利用の両方の税額控除を適用でき、日本での燃焼を利用と見なせば、水素の控除のみとなる。
蓄電池や太陽光パネルの部品生産の税額控除は、輸出向けにも適用される。米国製品の輸出がこの補助で拡大すれば、サプライチェーンの中国への一極集中を回避する一助となり、日本は供給源を分散できる。
つまり、IRAには、米国の負担で、米国以外の国々の脱炭素化も促進するという側面がある。日本企業はIRAの条文や米財務省が順次策定する税額控除の実施規則を詳しく分析し、自社の脱炭素化戦略に役立てるべきである。
電気新聞2023年3月14日掲載
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