バイデン大統領は就任日の1月20日に米国のパリ協定復帰を国連に通告し、30日後の2月19日に正式復帰となった。パリ協定の締約国はNDCと呼ばれる削減目標を掲げることを義務付けられており、2021年時点では2030年目標を有していることが期待されている。
バイデン大統領は1月27日の大統領令で、4月22日に気候変動に関する首脳会議を開催し、この日までに2030年目標を提出することを目指すと表明した。今年11月の気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて、各国の目標強化が争点となっており、早い時期に2030年目標を示すことで、他国に目標強化を求めやすくなる。
バイデン大統領は選挙戦中に、2050年までに米国全体でネットゼロ排出を実現するとの長期目標を公約したが、2030年目標については具体的な数字を提示しなかった。その理由は明らかではないが、長期目標はビジョンとして提示しやすい一方、2030年目標は達成の裏付けとなる国内の削減対策がはっきりしない中では示しにくかったのではないかと思われる。
しかし、4月22日という期限を自ら切ったことで、バイデン政権は削減対策が定まらない中で2030年目標を決めることになった。バイデン大統領は、2035年までの電力脱炭素といった部門別の規制措置を公約したが、現時点で実現の見通しは立っていない。他方、政権発足から間もない4月下旬に選挙公約と整合しない目標は掲げにくいこともあり、公約が実現するとの前提に立って、2030年目標を策定するものと予想される。
その前提に立った時に一つの目安になるのが「2030年に2005年比50%減」である。米国の有力環境NGOである環境防衛基金(EDF)は3月3日、様々な機関による定量分析の結果を踏まえ、2030年に2005年比で少なくとも50%減との目標を提言した。実現に必要な政策は分析ごとに異なるが、EDF自身の分析では、2035年の電力脱炭素に加えて、2035年の乗用車の新車ゼロ排出等が想定されている。
また、環境政策の分析会社であるエナジーイノベーションは2月25日に、2030年の石炭火力全廃、2035年の電力脱炭素、2035年の乗用車の新車ゼロ排出等を想定すれば、2030年に2010年比で50%減になるとの分析結果を発表した。2005年比に換算すると48%弱となる。同社の副社長だったアガワル氏は新政権発足後、大統領府の国家気候政策局に着任した。
これらの分析が置く想定のうち、2035年の電力脱炭素等は公約に沿っている。しかし、石炭火力の全廃時期や新車のゼロ排出化の時期等は公約では明示されていなかった。そのため、50%減は公約の不明確だった部分を明確化することで導かれる数字と捉えられる。
2050年ネットゼロ排出との関係では、2019年から2050年に向けて直線的に減る場合、2030年は2005年比で約44%減となり、50%減はそれよりも加速的な削減となる。
バイデン政権の立場に立てば、50%減は米国の復帰を印象付け、世界をリードする上で魅力的だろう。他方、実現の見通しがまだ立たない数々の対策に依拠していることから、目標達成の点ではかなりのリスクがある数字である。目標の見栄えと実現可能性の相克の中で、どのような2030年目標を定めるのか注目される。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
電気新聞 2021年3月9日掲載
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