電力中央研究所は所内の作業グループによりICRP新勧告案について検討を行った。
1. 全般的なコメント
一つの文章が一つの意味に解釈できるよう、原稿をさらに注意深く推敲する必要がある。例えば、各国の規制当局者、事業者等の放射線防護に係る利害関係者にとって、線量拘束値を誰が決めるべきかという論点は大変重要である。しかし、3つの被ばく状況に対する職業、医療および公衆被ばくの線量拘束値の選択に関する追加指針(Paragraph (211)-(220))からは、様々な解釈が可能になっており、これが大きな議論を引き起こしている。また、Table 4、単一線源についても同様である。
各国で様々に決定して良い柔軟性のある部分と、単に表現が明確にされていない部分を区別して、注意深い推敲が必要である。一つの文章が一つの意味を示すこと(One sentence means one meaning.)、あるいは、一つの図表(例えばTable 4)が一つの意味を示すこと(One figure or table (e.g. Table 4) means one meaning.)、という原則は、論文の作成にあたっては、著者が遵守すべき初歩的な必須項目である。
このような初歩的な原則を達成できない間は、安易な出版は認められるべきではない。
2. 個別コメント
- (1) 職業被ばくに対する線量拘束値について
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- Paragraph (187), (209)-(212), Table 4 線量拘束値の概念は理解できるものであるが、数値化した線量拘束値は、事業者が自主的に決定するものであることを明記すべきである。
- (理由)Paragraph (187)には、職業被ばくについては、規制者が決定した状況に線量限度を適用する、とあるが、その一方で、職業被ばくに対する線量拘束値について記述したParagraph (211)、(212)では、線量限度ではなく、線量拘束値の使用を促しているように理解でき、職業被ばくにおける線量限度と線量拘束値の使用方法が明確にされていない。
- 職業被ばくに位置付けられる原子力発電所の作業者については、個人モニタリングの結果として、国内すべての作業者の線量が、一元的に管理・掌握されている。このため、国や規制当局は、これまで同様、線量限度を定めるべきで、線量拘束値を定める必要はなく、線量拘束値は事業者が自主的に定めるものであるという性格付けを明記すべき。
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- (2) 計画された状況における公衆被ばくに対する線量拘束値について
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- Paragraph (216)-(217), Table 4 線量拘束値の概念は理解できるものであるが、ケースbyケースの線量評価結果の保守性を考慮することで、線量拘束値の数値には、線量限度と同じ1mSv/yを選択可能であることを明記すべきである。
- (理由)公衆に対して、線量拘束値の使用を考える時には、ICRPは、将来的な線量評価を行う際の実際のテクニックをよく考慮に入れるべきである。例えば、国全体に適用する際の誘導レベル(例えば、排気・排水中の放射能濃度限度)を算定する際には、その国内のすべての放射線利用施設を包含するため、例えば、放出された液体廃棄物をそのまま公衆が飲む、あるいは、放出された気体廃棄物が、希釈されずに敷地境界における濃度のまま公衆が吸入する、などの保守的な取扱いがなされ、現状、日本では、線量評価結果は、公衆の線量限度と比較されている。このような保守的な取扱いは、すべての施設に対して、同じ規制をかけることを可能にし、規制体系をシンプルにすることができ、さらに、施設別の詳しい評価を必要としないため、規制当局、事業者の双方の負担が小さいというメリットがある。
- 公衆の線量限度を遵守するために、さらに下回る線量拘束値を用いるということは、基準の正確さを向上させようとする一種の試みである。しかし、そのために基準が切り下がるため、例えば、従来と同じ放射線防護施設で良いことを示すためには、上述の包含的な最も保守的な評価手法が使えず、施設固有のより正確な線量評価を行い、実際にはもっと低い線量評価結果になることを示す必要がある。したがって、例えば、国全体に適用する際の誘導レベルを算定する際には、国全体のすべての放射線利用施設のより正確な線量評価を行う必要が生じ、施設によって異なる誘導レベルが合理的であるという結論になった場合には、規制体系が複雑化するだけでなく、規制当局と事業者の双方で、審査と申請の負担が増大するデメリットを生じさせることになる。
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- (3) LNTについて
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- Paragraph (57), (146)-(148) 集団線量の評価に適用すべきでない微小線量域を、数値として具体的に示すべき(例えば、数mSv以下)。
- (理由)集団線量の使い方として、微小線量を受けた大人数の集団線量によって、がんや遺伝病の仮想的な症例数を計算することは不適切であるとしている。また、集団線量の評価に対しては、制限条件を設定するべきで、線量範囲や期間を記述するべきとしている。以上のことは、微小線量の領域では、LNT仮説を適用しないということと同義である。リスクの直線性を「a few mSv」より高い線量範囲に限るという記述(ICRP, The evolution of the system of radiological protection: the justification for new ICRP recommendations, J. Radiol. Prot. 23, 129-142 (2003), Table 4) が生まれた議論を再び思い起こし、自然放射線のバックグランドレベルをベースとして、集団線量やLNT仮説の適用下限値(例えば、数mSv)を明記すべき。
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- Paragraph (230)を削除すべき。
- (理由)ICRP勧告は放射線防護を目的としたものであり、疫学の指針を示すことではない。特別なケースを挙げて、疫学研究に集団線量を使用できるような示唆をすべきではない。そのことは3.2.1、4.5.7節で既に述べられており、これを強調することは重要ではあるが、改めてここで述べる必要はない。
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- Paragraph (55), (57) 「科学的に」を削除すべき。
- (理由)放射線防護の目的には、LNTは、科学的に合理的である…、あるいは科学的にもっともらしい…と表現しているが、LNTは、放射線管理上の目的のために導入された仮説であり、ある種の割りきりである。LNTは、科学的な根拠に基づく仮説ではなく、「科学的に」という言葉は不適切である。
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- (4) 免除について
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- Paragraph (45) 免除の原則を正確に記述するべき。
- (理由)免除の原則は、90年勧告や2005年版ドラフトでは数値的な表現がなく、具体的な数値はIAEA等にあることが示唆されていた。一方、本勧告案では、around 10 μSvという不正確な表現で、数値が表現されている。数値表現まで本勧告に記述するのであれば、ICRP Pu.46やIAEA BSSの表現に基づき、of the order of 10 μSv or less than と正確に表現するべき。また、これまでは、ICRP Pub.46、IAEA BSSともに、個人線量だけでなく、集団線量として1 man Svを免除の規準にしてきた。本勧告では、免除対象にできる微小な線量を足し合わせることによる集団線量の計算を明確に否定していることから、今後は、免除の規準として、集団線量の1 man Svを必要としないことを、明確に記述すべきである。
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- (5) 不確実性について
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- Paragraph (152), (154) 不確実性は、将来的な線量評価にも認めるべき。
- (理由)将来的な線量評価には、確率的な評価が適用可能であり、基本文書「Assessing Dose of the Representative Individual for the Purpose of Radiation Protection of the Public(Pub.101を予定)」に、その基本的な考え方が取り纏められている。過去の線量限度を超えているかの線量評価には不確実性を考慮することが適当とし、将来の線量評価モデルやパラメータに不確実性を考慮しないとする本勧告案の記述には、Representative individualに係る基本文書の中で位置付けられた確率論的な線量評価の考え方が反映されていない。
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